わたしらは山あいに住んで、地味な葉っぱをつくっていた

わたしらは山あいに住んで、地味な葉っぱをつくっていた。地味な葉っぱは地味な味がして、たいした栄養もなく、地味で質素な暮らしをする人たちが食べていた。わたしらの暮らしも地味で質素だった。日が昇れば起きて、日が暮れれば仕事を終えた。すっかり暗くなってしまえば眠るだけだった。わたしらがまだ山あいにいて、地味な葉っぱをつくっているころは、みなも地味で質素な暮らしをしていたし、日が昇れば起きて、すっかり暗くなったら眠るだけだった。

ある日、街からしゃんとした身なりをした商人がやってきた。街では人々はもっとおいしい野菜を食べて、きれいな花々をおくりあっているということだった。地味な葉っぱよりもおいしい野菜のほうがもうかるし、それよりもきれいな花々をつくったほうがもうかりますよ、といった。

わたしらは地味で質素な暮らしにとくに不満をいだいていたわけではなかったが、かといってすっかり満足しているわけでもなかった。わたしらはひとばん相談して、商人の持ってきたバラの苗を買った。「ミツバチのワルツ」や「紫の雫」というしゃれた名前のついたバラの苗を買った。

わたしらは地味な葉っぱを整理して、バラの苗を植えた。やがてバラの花が咲くだろう。きれいに咲いた花は街の人たちによろこばれ、高く売れるだろう。わたしらの暮らしもなにかがかわるだろう。わたしらのなかには、わたしらのなかにはなかった心が生まれたことに気づいた。だれも口には出さなかったが、山あいの畑のなかのなにかとてもひそやかで敏感なところに変化がおきた。

バラの花は、咲かなかった。「ミツバチのワルツ」も「紫の雫」も咲かなかった。わたしらはバラの育て方を知らなかった。わたしらは、また地味な葉っぱをつくりはじめた。朝に日が昇れば起きて、夜にすっかり暗くなったら眠った。地味な葉っぱをつくり、地味な葉っぱをつくっていきた。

翌年になると、山あいから離れるものたちが出てきた。はじめは若いものだった。つぎに、小さな子どものいる家族が離れていった。わたしらの心はなにかとてもひそやかで敏感なところで変わってしまったのだ。

今ではもう、山あいで地味な葉っぱをつくるものも少なくなった。残されたのは、朝に日が昇っては起きて、夜にすっかり暗くなったら眠ること以外になにもしたくないものたちだった。ひそやかで敏感なところがないわけではなかったが、それをどうにかする気持ちがおこらなかった。そういったものたちは質素で栄養のない地味な葉っぱを作り、質素で栄養のない地味な生活をおくって、やがて山あいで死んだ。「ミツバチのワルツ」や「紫の雫」の花を見ることはなかった。

 

 

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