『本阿弥光悦の大宇宙』展へ行くのこと

いろいろな事情があって、女の人にさそわれて『本阿弥光悦の大宇宙展』に行くことになった。

koetsu2024.jp

 

 

おれは本阿弥光悦をまったく知らなかった。Wikipediaで調べてみたら、茶の師匠が古田織部とあった。『へうげもの』ではないか。ぐっと本阿弥光悦に近づいたような気がした。

 

朝はやく起きるのはきついが、ぎりぎりなんとか間に合った。ボルケーノ、ボルケーノ。

 

毎度の上野だ。

goldhead.hatenablog.com

「やまと絵」展以来なので、ついこないだという感じもする。

 

それで、展示なのだが、おれが一番「すげえな」と思ったのは、本阿弥光悦の出自であるところの刀の展示であって、日本刀すげえかっこいいなと思った。今まで刀を見たこともあるだろうが、こんなにかっこよかったのかと思った。現代のなにかを連想するなら、超高級車という感じがした。そういう冷たい鋭さ、洗練があった。おれがとくに好きだったのは「津軽正宗」と呼ばれるやつだった。いや、それ以外の短刀にしても、すごく美しくて、それでいて人体を刺して破壊するのに十分だろうという凄みがあった。「折紙」の実物などもあった。

 

「書」というのは基本的に読めない。高校の授業で「古文」は必要かどうか議論になることがあるが、直筆を読めなければ意味ないのでは? と、思うこともある。もちろんおれは読めない。それでも、本阿弥光悦が書いた「立正安国論」の、フォントを自由自在に変化させる感じだけはわかる。

 

「光悦謡本」の木活字などは、なんというかすごいよなとか思う。

 

というか、あの、このあたりから、おれ、頭がくらくらして、ちょっと調子良くなかったです。地面がゆれているように感じて、地震? みたいに思ったら、そんなことなくて、単に自分の脳がゆれているだけでした。「あかん、倒れ込んでしまう」というレベルになって、マスクを外してみたらちょっと回復。いや、体調悪いね。どちらかというと鬱の方で、よく眠れんかったしね。

 

それでも「蔦蒔絵唐櫃」とかとかよかったよね。グッズにもなっていた、あれ(追記:《忍蒔絵硯箱》)とかもよかったよな。あれの筆のままに筆ペンだったら買っていたな。手鏡ではやや買えなかった。

 

そんでまあ、最後の茶碗とかみて、「へうげもの感ある!」とか思って見終えた。おれにとっては「へうげもの感ある!」という展覧会だった。

 

 

そのあとはまあ、飯食って解散。この写真は入場前のもの。時計、低くねえ?

 

この樹よな。

 

東洋館の方に韓国の羊がいた。

 

リラックマのはとバスを見た。

 

焼肉屋のランチに入る。「土曜日の上野でこんなに人いなくていいの?」とか思う。

 

ユッケ丼食う。

 

上野駅の駅長室(たぶん違う)。

 

それでここはどこだ?

 

おれだけ桜木町で降りて、図書館へ行った。返し忘れていた本が一冊あった。

 

朝はひどく寒くて、真冬かと思ったが、午後歩いているとそこまで寒くなかった。

 

青空すら見えて、帰宅したあと洗濯した。

 

図書館ではあらたに功利主義についての本を借りた。

 

ボケの咲く季節。女の人に『へうげもの』を貸すことになった。帰って、競馬の録画を見てみたら、みんな外れていた。すがすがしい。