上タンばかり頼んでなにが悪い? 暗黙の了解があるというなら見せてみろ

食べ放題で上タンばっか50人前頼んだら店長にキレられた「嫌なら食べ放題やめろよな」 - Togetter

 

こんな話題があった。おれはこれは完全に店側の落ち度だと思った。それが食べ放題というものだろう。店と客との契約だろう。

 

[B! togetter] 食べ放題で上タンばっか50人前頼んだら店長にキレられた「嫌なら食べ放題やめろよな」

 

そう思ってはてなブックマークを見てみたら、賛否両論というか、ひょっとしたら客を批難する声が多いようにも見える。

 

なぜなんだかわけがわからない。マナー? 常識? 道徳? 暗黙の了解?

 

なんなんだそれは。おれははっきり言って焼肉屋自体に行かないので、まったくわからない。ただ、そういうことを言う人は、食べ放題で上タンをどれけ頼むのが常識なのか、暗黙の了解なのか、はっきりと明言してからものを言ってほしい。3人前か? 5人前か? 7人前か? 10人前か? それとも「食べ放題で単価の高い品をオーダーすること自体マナー違反です」とでもいうのか? マナー講師か?

 

それで、3人前が暗黙の了解だと思っている人間は、5人前食べている人間を嫌悪するのか? 憎悪するのか? 常識のない人間だといって馬鹿にするのか? 5人前が常識の人間は10人前を、10人前が常識の人間は……。

 

きりがないし不毛だ。不毛に人間同士の憎悪の量だけが増えていく。そんなギスギスした世界が望みなのだろうか。「あいつは暗黙の了解がわかっていない」という「暗黙」など、絶対的なところでは存在などしていない。

 

 

正と不正の基準について作られてきた様々な思想体系、すべて共感と反感の原理に還元することができるだろう。(……)それらの思想体系はすべて、外的な基準に訴える義務を避けて、著者の感情や意見をそれ自体の理由であるとし、読者の押し付けようとする工夫からなっている

――ベンサム

 

 

われわれ人類に「道徳器官(moral faculty)」など存在しない。

 

……って、なんの話だ。これは人間の道徳の話か? そんな次元の話ですらない。焼肉屋と客の商取引の話だ。焼肉屋は「食べ放題で上タンばかり食べられると困る」と考えているのならば、「食べ放題 ※ただし上タンは5人前まで」と設定することできるのだ。上タンをメニューから外すことだってできる。客がそれが嫌ならば、その店を立ち去るのだって自由だ。どちらも自由だ。店にはその権利があって、その権利を行使しなかった。それだけのことだ。

 

こんなことを書くと、「細かな規約ばかりになって生きにくい社会になる」みたいなことを言う人もいるかもしれない。しかし、これはまったく意味がわからない。「暗黙の了解派」には、もとからそれぞれの内心に「上タンの上限」が設定されているのだろう。ルールがあると言っているのだろう。店側の負担やほかのお客さんへの迷惑になる量があるのだろう。そしてそれは「了解」されているのだから、べつに明文化されたところで制限があるのには変わらない。え、明文化された店のルールが自分より少なかった? だったら、それに罪悪感を感じるのか?

 

繰り返すが、「了解」なんてないんだ。心優しく店のことを考えて「3人前」だと思っていたとしても、店としては「1人前も出したくない」と考えているかもしれない。10だと思って5か、5と思って3か。わかりゃしないんだ、そんなもの。暗黙の不毛さで、ただただ言葉に発せられない憎悪と嫌悪が広まっていく。

 

「空気を読め」とはそういうことだ。むろん、空気が読めなければ生きにくい。読めて当然の空気だろ、という状況もある。が、これは焼肉屋の食べ放題の話である。「食べ放題」なのだから、好きなものを好きなだけ注文するのが当たり前だ。何度も言うが、それが「当たり前ではない」という人は、同じ意見の側の人たちをも納得させられる数字を出さなければ説得力がない。たしかに「50人前」は過度に見える。見えるが、40はどうだ? 30はどうだ? 10なのか? 5なのか? 空気を読めというばかりで、自分は暗黙の了解がわかっているという顔をするだけで、基準一つ出せないのはどういうことか。単に他人を見下したい、良識派ぶりたいというだけではないのか。

 

そうやって、「自分はわかっている」という顔をして、「空気」を読むことを人に課して、その実、自分の中身は空っぽだ。あるのは原始的な反感だ。それも、世間や他人の顔色を伺うだけで、「食べ放題で上タンは◯人前だけ頼むべきである」という基準も出せない。

 

そんなものが世の中の空気であって、だれが幸福になるのか。店は上タンを食べ放題で食べられるのが嫌だったら、上限を定めるなり、食べ放題メニューから外すなりすればいい。それを明文化すればいい。そこになんの問題がある。それで世の中の風通しがよくなる。クリアになる。世界から憎悪や嫌悪の量が減る。違うか?

 

それを怠り、食べ放題で食べたいものを食べようとした客にあたったというのであればさらに問題外だ。「すみません、ほかのお客様の分がなくなってしまいますので」と頼むのが筋だろう。書き込みを信じるのであれば、頼んだだけで残したという話でもない。一度に頼んだわけでもなく、しっかり食べきっているのだ。

 

繰り返すが、店が困るならば、店は自身を守るすべはいくらでもある。だいたい、食べ放題に相撲取りやプロレスラー、腹をすかせた体育会系の男子高校生が押しかけてくることだって、普通に予見できることだろう。それでも食べ放題をメニューに加えるのは、メリットがあるからだろう。「それでも上タンだけは」というのであれば、いくらでも対処の仕方はある。もう繰り返し書かないが。

 

というわけで、おれは「暗黙の了解」や「空気」の支配、これを好まない。少なくとも、焼肉屋の食べ放題のケースでは。それを言いたい。べつに上のツイート全部が嘘の書き込みであったとしても、思考実験の材料にはなる。そして、おれはこう思った次第である。あんたはどうだろうか。