サルスベリを漢字で書くと「百日紅」……などという記述を見るたびに違和感がある。それは「漢字で書くと」じゃなくて、「サルスベリの漢名は」じゃないのか、と。サルスベリを漢字で書くと素直に「猿滑(り)」。そうじゃないのか、と。
とはいえ、和名で樹皮の特徴(つるつるにすべる)を知り、漢字で花のこと(花期が長い)を知る。一石二鳥でお得だ。このお得さこそ「二重言語国家」たる日本の強みかもしれないとも思う。……とか言いつつLagerstroemia indicaのWikipedia中文なぞ見てみると、百日紅なんて出てこない。
百日紅とは違うが出てくる。「漢名」ではないのか? いや、『牧野新日本植物図鑑』(北隆館)でも『花と樹の大事典』(柏書房)でも、漢名でこの紫の薔薇みたいのと併記されてるが(追記:明の『三才図絵』に「紫薇俗に百日紅と名づく」とあるらしい)。いずれにせよ日本では、別称・方言にヒャクジッコとあって、中国から渡来してきて「サルスベリ」ルートと「ヒャクジツコウ」(ヒャクジッコウ)ルートに分かれて、前者が勝った(標準和名になった)ということだろうか。
でもまあ、そもそも幹が滑ればサルスベリ……ナツツバキ、ヒメシャラ、リョウブとか、そのあたりはそういうもんで、滑り具合で勝利したのもLagerstroemia。このあたり列挙しているのは釜江正巳『花の風物詩』。しかし、この本は貝原益軒の『花譜』を我が国文献上の初めとし、サルスベリの渡来を江戸初期か直前としている。『花と樹の大事典』では鎌倉時代以前に渡来とあるので食い違う。後者の根拠は『夫木抄』。これに「さるなめり」の名があるからという。
あしひきの-やまのかけちの-さるなめり-すへらかにても-よをわたらはや
たしかにある(意味はわからない)。けれど、この「さるなめり」がLagerstroemia indicaなりLagerstroemia subcostata(シマサルスベリ)なりである決定打もない、か。藤原定家あたりが『明月記』なんかに細かく書いといてくれりゃいいのだけれど、そういうのもなさそうだ(たぶん)。
さらに「サルスベリ 渡来」などで検索すると、またいろいろと遺跡から花粉だとか出てくるが、季節外れの話をつづけてもしかたあるまい。そもそも植物も古典も門外の猿、このあたりで去るとしよう。
追記:『四季の花事典』(八坂書房)を開いてみたら、朝鮮に伝わる「百日紅」伝説など、いろいろと詳しかった。幹をさすると笑い出すからクスグリノキという別名もあった。中国では禁城にしか植えられなかったとか言われるが、海を渡れば猿だのくすぐりだのいろいろと変わってしまうものだ。