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さて帰るか

さて、帰るか

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昨日だったか、一昨日だったか、わりと遅くに上の方の階の住人がやってきた。なんでも、その朝出社しようと階段を降りて行くと、ある階のドアの前に制服と私服の警察官が息を潜めてぎっしり詰まっていたという。それについて何かしらないか、というのだ。うちの会社は始まるのが遅いので、あいにく誰もなにも知らなかった。警察官がぎっしり来ていたことも知らなかった。それからしばらくネットでなにか情報でもないか調べたが、ニュースらしきニュースもなかった。

「あの階って中国人留学生たち借りて住んでいましたよね?」

「いや、違うよ、ベトナム人だよ。おれが思うに又貸しだね」

それには気づかなかった。又貸しだという根拠は知らないが。いずれにせよ国際都市横浜にはありがちな話である。上の方の階の住人は「あれかね、キヨハラ、キヨハラの」などと言うが、おれは「仙人の孫」たちが住んでいたら面白いのにな、と思った。

ヤクザの車というのは本当にウィンカーを出さない。おれは自転車に乗っているさい、ゲーペーウーに目をつけられている人間くらい警戒心を抱いているので、ヤクザと思しき車にはすぐ気づく。そして、「この車はヤクザくさい。ウィンカー出さないだろうな」と思うと、だいたい出さないのである。ん?どこかトートロジーに陥っているか? まあいい。しかしなんだろう、ヤクザへの取り締まりが厳しくなっているというのに、そんな不注意でいいのだろうか。ネズミ捕りみたいなのがいて、「そこのベンツ止まりなさい」とかになったら厄介なんじゃあないのか。それよりも、ヤクザの面子にかけて信号を守らない。それが任侠道か? おれにはヤクザの運転手の友人がいないから知りようがない。もっとも、友人自体ひとりもいない。

パクパクパクチー。おれはパクチーのような癖のある食べ物が好きだ。食べ物の好みに関しては子供のころから食べてきたものの影響が大きいと思う。とすると、わが家庭の食卓はパクチーにあふれていたのか? そんなことはない。主に、というかほとんど食事を作る母はゲテモノ嫌いだった。癖のある食品を嫌った。パクチーどころか、セロリすらアウトだった。モツなんかもぜんぜん眼中にない人だった。それなのに、おれはゲテモノが好きだ。

 

リカール 700ml

リカール 700ml

 

 さいきん気に入っている酒はリカールだ。出自はというと、禁止されたアブサンの代用品らしい。これをストレートで飲む。薄めると白濁するという性質があるが、味もぼやけておもしろくない。甘ったるく、舌が少しヒリヒリして、喉に少し印象を残していく、ストレートがいい。

 

ペルノー 700ML 1本

ペルノー 700ML 1本

 

 ペルノーとどこが違うの? ダブルブラインドテストをされたら、はっきり言って自信はないが(もちろん目隠しで)。というか、べつにダブルブラインドじゃなくったって、わかりゃあせんよ。いや、ちょっとわかるかな。リカールのほうがわずかに苦味というか雑味というか、ひっかかるところがあるように思う。まあ、わからんだろうな。今度はリキュールワンダーで売ってた「アブサント」を買ってみよう。ギリギリまでアブサンの代物らしい。

しかし、金がない。金がなくて貧困の恐怖に陥っている人間は、ペニアフォビア(貧困恐怖症)かどうか。ナインティナインの岡村が調子を悪くしたとき、異様なまでにお金の不安に陥ったとかいう話があったように思う。もちろん岡村は金持ちだ。おそらくだが、あとの人生、よほどの散財をしなければ、余裕でよい暮らしができるだろう。2回くらい。そういう人間が「お金がなくなったらどうしよう」という恐怖に陥るのはペニアフォビアだといっていいだろう。だが、本当にお金がなくて恐怖に陥っている場合は? やはりおれは正常なのだ。

おれは「双極性障害」ということになっている。「ということになっている」というのは、自分は双極性障害なんかじゃないもんね! という否定ではない。べつに双極性障害でも統合失調症でも強迫性障害でもいい。なんと名付けられようと構わない。その上で、あんまり双極性障害の実感がないので、「ということになっている」というのである。字面としてしっくりくるのは「不安神経症」あたりだが、そんな用語があるかどうかすら知らない。

いずれにせよ、医者はおれを一年かけて「双極性障害」と診断して、オランザピン(商品名ジプレキサ)を処方するようになった。頭がくらくらしてどうにかなってしまったのは初日だけ。それ以来、おれはもう……一年以上ジプレキサを愛飲している。おれの病名はむしろ、「ジプレキサで調子が悪いなりにも保たれる病」かもしれない。薬に規定される病気、というのはありうるのだろうか。あるかもしれない。なんか調子の悪い人が適当に胃薬を飲んで、調子がよくなったら「胃炎かなんか」だろう。まあ、胃の調子くらいはわかるものだが。

いずれにせよ、おれはジプレキサ(と2種類の抗不安剤と1種類のα・β遮断薬と1種類の睡眠薬)によって、一応は人並みに生きているふりはできている。実際のところは世間の役に立てていないので困窮している。人並み以下の暮らしをして、人並み以下のことしか考えられない。とはいえ、平均よりは下だが、一応は生きている。一応は人間社会に溶けこんではいる。

おれ+薬=人間社会的人間

いま、おれから薬を抜いたらどうなるのか。すぐさま廃人になるのか。わかりはしない。ただ、おれは薬に依存しているというのは認めなくてはいけない。ぎりぎりのところで、朝起きて、会社に出て、仕事の真似事をしている。薬のおかげである。

ただ、ここのところ苦しい。ちょっとどころでなく苦しい。ありがたいことに忙しいからだ。忙しいからおれの「ぎりぎり」が千切れそうになっている。具体的にいえば、朝、体が動かない。夕方、机の前にいても溜まった仕事を端からちょっとずつでも進めていこうという気にならない。体がうごかないからだ。これからもっと忙しくなる。だからといって、給料が振り込まれる保証はない。おれの銀行口座もぎりぎりだ。おれはもう動きたくない、働きたくない、なんで苦痛ばかりの世界に出てきたか、正直見当がつかない。

おれは人よりずいぶん劣っているし、不利なことばかりなのに助けはこない、適切なところに助けてほしいということもできない。土台がぐらぐらしているこのしょうもない居場所にいるのが精一杯だ。ぎりぎりのところで、朝起きて、ベッドから滑り落ちて、シャワーを浴びて……。