ブレイディみかこ『花の命はノー・フューチャー』を読む

 

「うちの一番上の兄貴がよく言ってたんだけども。ジーザスが十字架にかかってる本当の理由を知ってる?」

「本当の理由?」

「そう。知ってる?」

「知らない。わたし酔ってるし頭も回らない」

「何も期待するな、って言うためだって」

「へ?」

「世の中なんて不条理で筋の通らないことばかりなんだから、何も期待すんなよ。俺を見てみろ。俺なんか、そのおかげで殺されちまったんだから。って言うためらしいのよね、どうも」

「ほー、ノー・フューチャーだね、それもまた」

おれは文化的にUKびいきの人間である。『マンチェスター・バイ・ザ・シー』をしばらくイギリスを舞台にした映画だと思っていたくらいだ。それはいいとして、本当に好きなバンドはといえばSuedeだし、『トレイン・スポッティング』も『ワールズ・エンド』も大好きだ。中学生のころは通過儀礼のようにセックス・ピストルズなんか聴いたりしていた。ジョン・ライドンの自伝も読んだ。でも、髪を染めたり、ピアス穴を開けたりはしなかった……なぜかその後、社会人になってから髪を染め、ピアスの穴を開けた。耳の軟骨に2つ目と3つ目の穴を開けたのは三十過ぎだ。遅れてきた青春? そのわりには一人、家で酒を飲むばかりでパっとした話もない。

しかし著者は、ピストルズによって「ファッションだけにしときゃよかったのに、抜き差しならなくなってしまって人生まで変えられてしまった、筋金入りの間抜けども」の一人であって、英国ブライトン在住、ワーキング・クラスの中にいる。おれはブレイディみかこという名前を知ったのはYahoo!かどこかに寄稿されたコラムで、ブックマークもしていると思う。「この人は地べたからものを見ることができる人だ」と思った。よく「出羽守」と揶揄されるカタカナ名字+日本語名前の人たちとは違うな、と。

人の痛みを知っている人間としか、わたしは付き合いたくない。

というわけで、酒を飲み、踊り、殴り合う、どうにもしょうもない世界がいきいきと描かれている。そして、酔っぱらいはたまにいいことを言ったりもする。愛すべき世界のように思える。英国のワーキング・クラス。たしかにそれはもう完全な階級社会というものであって、『ハマータウンの野郎ども』の……って、おれ『ハマータウン』読んでねえや。でもって、家族というもののあり方もなにか分解されていて、男性の1/3は他人の子供を養育したことがあるのだとか、そんななかでもサバイブしていくタフなガキどもだとか、なんというか、そういうのがさ。それでもって、オアシスの恨みがましい旋律が似合う国なんだってさ。なんでも、ワールドカップでイングランド代表とブラジル代表が対戦したさいに、BBCは、勝ったらルイ・アームストロングの『What A Wonderful World』、負けたらオアシスの『Stop Crying Your Heart Out』を流す用意をしていたのだとか。まあ、おれはSuede派だからオアシスのその曲も知らんけどね(もちろんこれを読んで聴いてみたけど)。

いずれにせよ、著者のセンスとすばらしいイギリス、そしてアイルランドが相まって、読みだしたら止まらないような一冊になっている。笑えるところもたくさんある。あと、書かれたのが10年以上前だったりしたのが、このエディションでは「後日談」ということで、その後が描かれている。その間でも社会に変化があったりする(というか本書で何度も子供嫌いを明言しながら、その後子供をもうけ、さらに保育士になっている。パンクだ)。今、ネットでブレイディみかこというと、イギリスの政情についてだとかを読む機会が多いが、この本からは著者の生き様というものが伝わってくる。

 わたしのフィロソフィーは、あくまでもノー・フューチャーだ。わたしのような者の人生に、そんなにいいことがあるわけがない。と言うと、「そんなに未来に希望が持てないのなら、生きる甲斐がないじゃないか」と言われることがよくある。

 だが、生きる甲斐がなくても生きてるからこそ、人間ってのは偉いんじゃないだろうか。最後には各人が自業自得の十字架にかかって惨死するだけの人生。それを知っていながら、そこに一日一日近付いていることを知っていながら、それでも酒を飲んだり、エルヴィスで腰を振ったりしながら生きようとするからこそ、人間の生には意味がある。そういう意味だったら、わたしもまだ信じられる気がする。

まさに、然り。……とまでおれは自分の人生を肯定できてはいないかもしれない。だが、今夜すべてのバーで、死をポケットに入れて、さ。


Sid Vicious - My Way (Original and Complete Version)

 

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人生のエンディングテーマが流れるとしたら、何がいいと思う? 葬式のときの葬送曲なんかじゃないよ、君の人生のエンディングで、どんな曲が流れていればいいと思う? 俺は中学生のころから、シド・ヴィシャスの「マイ・ウェイ」がいいと思っていた。投げやりでくそったれで、どんなみじめな自分の死にも似合うと思っていたから。いや、今でも思っている。

 

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『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う! 』〜We're so young and so gone - 関内関外日記(跡地)

 

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