労働の映画よな ケン・ローチ『家族を想うとき』を見る

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ケン・ローチ監督の最新作『家族を想うとき』を観た。この映画の存在を知ったのは次の記事による。

gendai.ismedia.jp

おれはあまり熱心な映画好きでもないので、ケン・ローチ監督の最新作などさっぱり知らなかった。知らなかったが、上の記事で知った。観たいと思ったら、近所のジャック&ベティでやっているじゃないか。おれは観に行くことにした。


名匠ケン・ローチの新作『家族を想うとき』予告編

で、観た。

この映画のフライヤーには「毎日、抱きしめて。」とか、「いったい何と闘えば、家族を幸せにできるの? 名匠ケン・ローチ監督が再び、立ち上がる 美しく力強い家族の絆」などと書かれている。

嘘だ、とは言わないが、「そうでもねえよな」というのが正直なところだ。これは、機械に管理された労働、ギグ・エコノミーの悲惨な労働、ともかく、労働の映画なのだ。個人事業主という独立しているようでいて、資本の圧倒的な影響下にあり、はっきりと描かれはしないが、さらなる世界的大資本の奴隷になって生きなければならない、そんな人間の、家族の生きる姿が描かれている。そこに「絆」などという甘ったるいものなどない、と言いたい。労働の蟻地獄、先の見えない不安、そんなものに支配されていて、そこに立ち向かう術は……ない。そんな映画である。ひとときでも異議を打ち立てた『わたしは、ダニエル・ブレイク』とは違って、こちらは辛さばかりがつのる。むごい労働と家庭の崩壊、家庭を成り立たせようとする思いが、崩壊を進める。ちょっとしたアクシデントですべてを失う。そんな危機的な情況がこれでもかと描かれる。本来はこうであったであろう家族、というものがたまに描かれて、悲しさを加速させる。ブルースは加速していく。

また、ギグ・エコノミーと両輪の輪のように出てくるのがスキャナー、端末だ。人の役に立つための道具のはずが、人間が道具の奴隷になる。奴隷になって労働する。そういったテクノロジーがギグ・エコノミーのようなものを成り立たせているのかどうか、そんな難しいことはわからない。

おれと労働、労働とおれ。おれはいつの間にか働いていて、それはまさしく個人事業主として始まり、金が支払われたり支払われなくなったりして、それでもなんとか借金することなく衣食住の最低限を乗り越え、気づいたら正社員という身分になっていたが、やはり給料は支払われたり、最低限安アパートの家賃だけ振り込まれたり、まったく振り込まれなかったり、逆に会社に金を貸したりして、二十年くらい経つ。「なんでそんな状況で働きつづけるのか?」というと、そこに常識的なやりとりのできる人たちがいて、途中からだがおれの精神疾患にも多目に見てくれる環境があって、それでまったく収入の上がらぬ、ボーナスもないところで、おれは働いている。

だが、この場が失われれば、おれもギグ・エコノミーに参入することになるかもしれないし(もっともおれは持病によって車の運転を生業とすることもできないし、腕力がないので重い荷物も運べない)、もっとひどいこと、餓死に至るかもしれない。さいわいにも、おれには家族がいないので、妻や息子や娘の心配をする必要がない。おれひとり、おれがどう処するかはおれひとりの決断だ。

話は映画に戻るが、おそらくはマンチェスター出身の腕にタトゥー入れた肉体労働者も、一昔か二昔前ならば、それなりにそれなりの家庭を築き、それなりの生活を送ることができたのだろう。だが、今はそうじゃない。劇中に、かつて労働運動に協力した老女が出てくるが、そこで勝ち取った労働者の権利などというものはなくなってしまっている。労働者ではなく、個人事業主。その欺瞞たるや。

「欺瞞たるや」などというと、ちょっと引いてしまう人がいるかもしれない。というか、労働について前述のように流されて働きごとの真似をして生きているおれが、なにを言えたものだろうか。でも、この映画、映画として一瞬たりとも目が離せないくらい面白いし、ちょっとしたユーモアも忘れないし、でも、扱うテーマのでかさと、あまりに小さい一家族との対比というのは見事なものであって、いや、ちょっとこんなんも観てくれよって思う。少なくとも、シネマ・ジャック&ベティでやってるんで、行ってみたらいいんじゃないでしょうか。

横浜の映画館・ミニシアター「シネマ・ジャック&ベティ」 - 名画座ジャックとミニシアター系新作ベティ -

 

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