黙らせるにはもってこいの道具

http://www.sponichi.co.jp/society/kiji/2004/11/25/01.html

調べでは、少年は同日午前0時ごろ、別々の部屋に寝ていた中学校教諭の父(51)と元小学校教諭の母(48)の頭や顔を、自宅にあった4キロの鉄アレイで10回程度殴って殺害した疑い。

 今朝のワイドショウのトップは、軒並みこのニュース。でも、こういっちゃなんだけど、いかにもありがちな事件。「ニート」って言葉が実戦投入されたくらいで、今さら意外性も何もない。だから、あっさりと片づけられてしまったし、すぐに忘れられるだろう。
 しかし、処女地を開拓した人間の名は残る。一柳展也少年の金属バット殺人事件。今回と同じく教育一家のおとなしい子の反抗で、世間を騒がせたという。そうだ、この事件が起きたのは昭和五十五年だから、俺が直接知るはずもない。俺が知る一柳は、本から知った知識に過ぎない。
 一つは藤原新也の『乳の海』だ(ったと思う)。この中で一柳少年の事件が取り上げられていたと思う。おぼろげな記憶では、郊外の新興住宅地にすっかり建て替えられてしまった現場の写真なども掲載されていたはず。藤原新也なりの切り口で、その時代について論じている、なかなか面白い本だった。これじゃ感想にも何にもなってないな。まあいい。しかし、一つはっきり覚えていることがある。この本は、古本のハードカバーで買った。大船仲通にあった鎌倉書店だった。値段は数百円だったが、店員はわざわざカバーを外してブックカバーをしてくれる。そこで驚いた。ぺろんと本を剥くと、本の表紙にはカバーと違って、デカデカと松田聖子の顔のどアップが出てきたのだ。一瞬店員の手も止まった。俺もちょっと驚いた。ただそれだけだ。
 もう一つは見沢知廉の獄中記。『囚人狂時代』か『獄の息子は発狂寸前』かは忘れたが、刑務所内でのスポーツ大会のエピソードだ。もうここまで書けばわかるだろう。行われたスポーツはソフトボール。バッターボックスに向かうは金属バットを手にした一柳服役囚。これには凶悪な殺人犯も顔色を変えたとかなんとか。見沢知廉の獄中話はどれも面白いが、このエピソードはその中でも特に好きだ。
 話を金属バットから鉄アレイに戻そう。テレビを見ていると、大抵表記は「鉄アレイ」で、一つだけ「鉄亜鈴」としているところがあった。そう、アレイはれっきとした日本語で、「鉄アレー」という表記は間違いなのだ。「そうか、鈴だけど鈴じゃないという意味で‘亜’鈴なのか」というのも誤りで、正しくは「鉄唖鈴」。うるさい親の口を黙らせるには、もってこいの道具だったということかもしれない。