今年は二十五年近く住み慣れた場所から放逐され、家族もばらばらになった。一人暮らしにも慣れた。俺は家族と暮らすより、一人で暮らすほうが性に合っていた。人も死んだ。祖父が死んだ。祖父が死んだおかげでたらふく鰻重を食べた。祖父は競馬が好きだった。俺も競馬が好きだ。今年もたくさんの馬が生まれ、走り、死んでいった。俺は今のところ死ぬつもりはない。俺はもう一度湯河原の温泉に行きたい。俺は今年の夏を思い出す。俺がハンドルを握る運転席の隣にはあの人がいて、サングラス越しに夏の太陽があった。左手に太平洋があり、右手にはみかんの段々畑があった。車は湯河原の温泉に向かって走り続ける。いつまでも走り続ける。今でも走り続けている。