妊婦がつわりになるのはなぜか。つわりになって、物が食べられなくなったり、食べ物の匂いに気持ち悪くなるのはなぜか。その理由について竹内久美子が週刊文春の連載でふれていた。彼女の説ではないので（と書くと失礼か）、一般的な定説だと思われるが、それは生物としての優先順位の変化という。すなわち、母体にとっては胎児の生存、出産が最優先であり、栄養摂取のために誤って異物毒物を体内に入れることを避ける機能だという。後者の機能はふだん我々だって有しているが、その閾が大きく引き上げられるというわけ。そして、母体は出産のため必要最小限の栄養しかとれなくなる。
……と、俺は金曜日の夜、スーパーで思い出していた。いつもは食欲をそそる果物や惣菜の匂いが、この上なく気持ち悪く感じられた。もちろん俺は妊娠した覚えはない（避妊はきちんとしましょう）ので、風邪のせいである。いつもより嗅覚を鋭くしてすら食べ物の匂いを拒否するとは、生物としての俺が「栄養はいらないから、今は腹に食べ物を持ち込むな」という意思表示をしているのだろう。俺はレトルトのお粥とうどん、それとペットボトルの緑茶（カテキンは体にいいというので）を買い物もの籠に放り込んで帰った。途中で、「なぜ２リットルの緑茶を買ったのだ」とあらゆる神を呪った。神を呪ったせいか、その晩は一晩中苦しんだ。生物学的に神を呪うのはよくないと思った。
