『モナリザ・オーヴァドライヴ』ウィリアム・ギブスン/訳:黒丸尚

goldhead2006-02-03

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 正直なところ途中まではのめり込めないところがあった。もちろんこのギブスンの魅力に、根っこのところをぐいっとつかまれているのは確かだけれど、途中途中でブツ切れみたいに感じて、どうにも乗りきれなかった。だって、この本もいくつかのストーリー・ブロックが並行して進んでいって、私は頭が悪いから登場人物の名前とかよく覚えられないし、それで、先が気になって気になって仕方ないところで、チャンネルをぷつんと変えるみたいに話がフリップしてしまう。
 もちろん、どのブロックもちゃんとそれぞれ楽しくて、それぞれにいっぱい楽しめる。それにたぶん、各ブロックの文体も、それぞれの主人公に合わせてカメレオンみたいに変えているんだろう。でも、そういううまさって何か気持ちが高ぶってくるところが少なくて、なかなかオーヴァドライヴって感じにはならないんだよね。
 そうそう、この小説にはヴードゥーの神さまが出てくる。それは、『カウント・ゼロ』にも出てきた神さまたちで、それがあんまりフィットしていないようにも思った。けどそれって、その神さまたちがヴードゥーの神さまの名前を持っている根拠みたいなものを考えればそれでいいのかもしれないけれど、なんだかちょっと、いろんな人たちの名前と一緒で覚えられなかったな。
 なんか私、文句ばっかり書いてるみたい。でも、パッとフリップして、これがどんだけ面白い小説かって、それを爆発させるために、わざとそうやってるんだ。だけど、だんだん書くのに疲れてきたから、『ニューロマンサー』や『カウント・ゼロ』込みで、全部ひっくるめてそれを書くのが面倒になってきてしまう。だったら最初から「すごく面白い!」ってだけ書いておけばいいのに、やっぱり馬鹿なんだと思う。
 でも、モリイ、モリイのことは書いておかなきゃいけない。このミラーシェードの職業婦人のこと。このキャラクタばっかりは、もうどれだけかっこよくて魅力的か、とてもじゃないけど言い尽くせない。歳をとって、それが逆にもっと魅力的で、それでいて「ビショーネン」みたいだなんて、ちょっとすごすぎる。いろんなブロックに分かれているのが残念だった理由の一つは、このモリイの活躍するパートが減っているような気がしたからなのだ。
 そう、キャラといえば、やっぱり三部作総決算だから、前の二つの人たち、あるいは人かなんだかわからない人たちの比重が大きい。けど、ケイス、ターナーみたいなタイプは、使い捨てってわけじゃ決してないけれど、くぐり抜けちゃう感じなのか、なかなか残れないんだよね。それで、今回のそういうタイプは……、これがあんまり居ないのかな。強いて言えばスリックだけれど、彼は彼の機械人形の魅力に比べたら影が薄いかな。
 とにかく、ストーリー考察みたいな難しいことはできないけれど、大満喫の『モナリザ・オーヴァドライヴ』で、ギブスンのサイバーパンク三部作だった。なにかあるジャンルの古典というか、はじまりみたいなものって、そのジャンルの流行りが終わっちゃうと、年表の太いゴシック体みたいになってしまう印象があるけれど、世界にどかーんてそびえ立つ新しくて、何か巨大なものには違いがなくて、それにはいつだってアクセスできる。それって忘れないようにしないと、何か別のろくでもないものに時間をとられたりしちゃうのかもしれないって思う。