この山河も敵の陣

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070727-00000028-sph-socc

AFCがジャカルタからパレンバンまでの航空券手配に失敗し、一時は決戦の地へたどり着かない危機的状況に見舞われた。

 そうなったら、スタジアムに奇襲降下するしかないでしょう! とか思った人間はどのくらいいるのだろうか。三位決定戦の地がスマトラ島パレンバンと聞いたとたん、頭の中に鐘の音が鳴り響き、あの美しい曲が思い浮かんだ人間は……。
 というわけで、「空の神兵」は俺が愛してやまない曲だ。軍歌であることが理由で、あまり今の人に知られていないことがもったいない、とすら思う(押しつけがましい)。これだけ美しいメロディと歌詞というのは、そうはないんじゃあないかと思う。軍歌の名曲を超えて、日本の名曲じゃないのかとすら思う。思う、思う、思う。俺軍歌ベストスリー、一位「空の神兵」、二位「愛馬行進曲」、三位……は迷うな。まあいいや。
 って、「お前はオシムの本を読んだ上で、そんなことを言うのか」とおしかりを受けるだろうか? そう言われてしまうと、言葉に詰まる。が、曲は曲、音楽は音楽でいいんじゃないですか、とも小声で言いたい。曲の良さという話では、「アムール河の流血や」が「歩兵の本領」となり、戦後にあんた、「聞け万国の労働者」になったですよ、メーデーの曲ですよ。元は一高の寮歌だけれども、そういう意味で、メロディは不変・普遍・不偏なんじゃあないかってな。ああ、でも、歌となると、歌詞とマッチングもあって、例えば「空の神兵」に色恋の歌詞をつけて、それを保てるのかどうかという話はあるけれども。ただ、軍歌=軍国賛美ではなく、その背景の悲しみをもすくい上げて(すくい上げずとも、悲哀を歌うものも少なくない)、それでどうにかってさ。あと、自衛隊が旧軍の軍歌を演奏することに、それほど強い反発もないみたいだし、その辺はありなんじゃないかなあって。
 と、誰に対して何の言い訳をしているのかわからないが、現代のつわものたちには、平和的なスポーツで覇を競って、勝ってもらいたいと思うのであった、っと。おざなり。