『マネー・ボール』マイケル・ルイス

マネー・ボール (RHブックス・プラス)

マネー・ボール (RHブックス・プラス)

 前に広島の松田元オーナーが「マネーボール」について、とんちんかんなこと言ってて失望した俺だけれども、俺だって本書を読んでいないのだから大きなことは言えない。というわけで、読んでみましたマネーボール。やっぱりほれ、札束野球のことじゃなくて、札束野球に対抗する男たちの話じゃないか。
 それでさ、俺はこれ読む前にこう思ってた。「貧乏なカープのファンとして、俺はマネーボール的考えの信者になるやもしれん」と。なにせ、アスレチックスの年俸の貧弱さは他人事ではない。しかし、この本の主役であるビリー・ビーンGMになってからの成績は他人事。成績はそっちがいいです。
 でも、この考えを広島カープが、日本プロ野球が受け入れるには、いくつかのネックがあると思う。「旧来の野球観との対立」的な、海の向こうで起こったこと、起こっていることの他に、こっちの事情ならではの事情が。

選手の絶対数と流動性
まず、これがあるように思える。下部組織に周辺国からも含めての、ものっそい数の選手たちがいるアメリカとは違う。一軍選手にしたって、絶対数が違う。日本プロ野球セイバーメトリクスの理論を駆使したところで、一軍半や二軍の有望な選手を探し出せるだろうか。また、探し出したところで、どうやって獲得しようか。
 契約やトレードについて、まだまだ日本は終年雇用的なところが前提だし(FAする一流はごく一部)、そうサクサクと駒を変えられない。じゃあアメリカからといっても、海を渡らせるのは簡単ではないし、出場制限もある。あと、このアスレチックスは一シーズンに二つだか三つのチームが存在する、といわれるように、シーズン開始後も好機を狙ってバンバン選手をトレードする。それもちょっと日本では無理だ。……いや、これも古い固定観念かもしらんが、しかし、相手あってのトレードだしね。
 それと、やっぱり向こうの方がまだ戦力均衡の理念があるようだ。FA流出の見返りとして、ドラフトでけっこうな優遇があったりと、そこらあたりが無い現状では、「育てて売る」方式にしても、うまく売れないのだ。日米間FAとか、そこらあたりも含めて。
誰がやるのか?
この「マネー・ボール」に出てくる、新しい野球の見方をする新時代の頭脳派たち。ハーバードだのエールだのを卒業して、ウォール街でのし上がっていってもおかしくない超エリート。そういうのって、ドミニカのカープアカデミーには入ってこない。広大なデータにワイアードしてセイバーメトリクスを駆使するギークやナードを探そうにも、どこに居る? また、元できるようなデータは存在しているのか? もっとも、この本の時点での彼らの報酬はあまり高くないし、探せば日米どっかにいるかもしれないが。今現在のスタッフがやろうにも、少なくとも、理論書や論文をかいつまんだり、本書(基本的に人の生き様を描いた読み物だし)を読んだ程度で、どうにかなるものかどうか。株の本数冊読んだところで、株で勝てるほど甘くない。

 ……などとネガティヴになってしまうのは、やっぱりそんだけ現実的に、カープにこういうやり方はどうだろうとか考えてしまった結果。というか逆に、このままじゃジリ貧なだけだから、できるならこれでやるだけやってほしい、とか思ってしまう。思ってしまうけど、現実的にはな、とか。
 もちろん、選手のデータの見方として、新しい評価軸としてすぐに受け入れられるような部品もあるだろうけど、たぶん、やるなら全部これでいかなきゃいかんように思う。選球眼に優れ、高い出塁率を誇る鈍足のデブを集めても、下手に足を使った攻撃などをしては最悪だ。腹くくって塁上に貼りつかせておくくらいのことじゃないとダメだろう。リーグ優勝のシーズンでもアスレチックスのチーム盗塁数は25だったとか、そこまでのこだわり。これはなかなかな。
 もちろん、最初に述べた、旧来の野球観との衝突、これも大きいだろう。カープなどとくに、広島野球の幻影(もはやそう言ってしまおう。どっかで途絶えた)みたいなものがあって、マネーボール流とは有る意味対極。盗塁も犠打も否定。それができるのか、ファンは納得するのか。
 でもさ、これは弱者のための武器。ビリー・ビーンとアスレチックスにしたって、金がないから選ばざるをえない道でもある。原題サブタイトルは「The Art of Winning an Unfair Game」。資金力のアンフェアに、実際に打ち勝っているわけだ。勝率五割ラインなどという以上に。
 もちろん、セイバーメトリクス的な方法が野球のただ一つの正解でもないだろうし(本書は完全にそう主張する類のものではない)、短期決戦の解決も今のところ無理だ。だけれども、かなりの資金差を覆してシリーズを勝ち抜けたのも確か。そこには数値化できない要素、たとえばビリー・ビーン本人の特異なキャラなどという部分(プラスには思えないところも多々あるように描かれているが……)もあろうが、それだけではないだろう。弱者の武器、できることなら赤ヘルに。
 それに、やるなら今しかない。メジャーでは、大資金球団がこういったやり方を取り入れはじめている。この本で描かれている初期でも、アスレチックス快進撃とともに、今まで注目されていなかった要素を持つ選手の値段が上がってしまっている。
 ……とか言ったところで、実現性が……、と堂々巡りなんだけども、まあ、なんでもええよ、とにかくカープには変わってほしいんだ。
______________________
 この本は、あんまりデータ云々について論じたりしていない。むしろ、このときのアスレチックスを巡る人間模様であり、アメリカ野球のある一派の歴史でもある。そして、それがむしろ無茶苦茶面白い。意外なことに、近藤唯之を読んでいるのかと錯覚したくなるところすらあった(近藤節でオールリライトしてみたい)。もちろんもちろん、要所要所で出てくる理論のかいつまみ、これもまた頭をフライパンで殴られたような、天動説か地動説かみたいなショックがあって、目から鱗みたいなのもあって、これらについてはいずれメモしよう。