雪中小景

goldhead2008-01-21

 関東地方は久方ぶりの大雪に見舞われたのだった。生け垣のツバキの砲弾も凍り付き、今後一度も開くことはないのだった。ようやくのこと石川町までくると、濡れ地蔵に雪がふりつもって、大船観音くらいになっているのを仰ぎ見た。ざわざわと声がする方を見た。ドヤの男たちが凍結した中村川を見下ろして騒いでいただった。何かと思ったら、逃げ遅れた海鳥や水鳥が半身だけ川にとらえられているのであった。すると、中から一人お調子者の男が川に降りて鳥を捕まえようとする。だが、二、三歩いくと、かわいそうに氷が割れて男が落ちてしまったのだった。男はすこしもがく動きをしたが、すぐに静かになってしまう。誰かが棒っきれを持ってきて、男を引き寄せる。わっと男たちが集まって、溺れ死んだ男の身ぐるみをはいでしまう。誰かがボロボロのコートを、ドラム缶のたき火にくべて、火を消してしまう。
 先に進むとラブホテル街のようすが見えたのだった。電車が動かないことを理由に一夜を過ごした勤め人の男女が、八階の非常口からすべりおりているのだった。開いたドアからもうもうと水蒸気がのぼるのが見えて、中ではスチーム・サウナの扉を開け放っているのだった。駐車場に車を停めっぱなしにした男が従業員に悪態をついていたが、もうどうしようもない。けれども、ヤクザの事務所の前だけはきちんと雪解けされていて、五十人の黒服に見送られてスタッドレス・タイヤを履いたぞろ目のナンバーのロールス・ロイスが行くのを見た。
 交差点まで来ると、ボートピアの警備員と、男が口論しているのを見た。男によると、競艇場の水面が凍っていても、その上をボートで滑ればいいという。男が傘でガードレールをガンガン叩くたびに、イチョウの枝から雪が落ちた。
 横浜スタジアムに、もやが立ち上っているのが見えた。歩行者信号待ちの男に聞いてみると、避難してきた人がスタジアムの座席を埋めているのだった。「それでは、グラウンドはどうなってるんです?」と聞くと、「みんな、屋鋪や加藤、高木豊のことを思い出しているんでしょう」と言う。「進藤や波留ではなく?」と私。「屋鋪や加藤です」と男。「ピッチャーは遠藤ですか?」と聞くと、「欠端ですよ、欠端光則です」と言うのだった。二本の轍を描きながら、リリーフ・カーが出てくる。銀世界のマウンドに立つ欠端。ロージン・バッグと粉雪の区別はない。かじかんだ手で初球を投じる。バッターボックスには雪中紅のごと赤ヘル、バッターは高橋、高橋慶彦。こうして新世界は幕を開けたのだった。