メガポテト―ラザニア―救急医療―クラブサンド

 珍しくファミレスで夕食。外は細かい雨、客の入りは七・八分。自分たちよりあとに入ってきた一団、男女の団塊前後のグループ。同窓会? 法事? よくわからないが、ひさびさに会ったという風に盛り上がっている。七、八人か。部屋の真ん中のテーブル。こちらは端。メガポテトフライをつつきながら、ラザニアを待つ。
 一団の方も、わいわいとメニューを決め、注文。別に非常識にうるさいわけでもないが、自分の座り位置から斜め前の方であって、ついたてで何も見えないがなんとなく気にはなる。遮るように俺のラザニアが来る。子供のころ見ていた舶来のアニメで、緑色の宇宙人がラザニア好きだったことなど話す。あのころ俺は、ラザニアがどんな料理か知らなかった。なにかとてもすばらしいものだと思っていた。
 と、しばらくしてゴンッという鈍い音が店内に響く。誰もかれもいったん沈黙する。たとえば、ものをこぼしたり、皿を割ったりというのであれば、そのあとすぐに「きゃあ、大変!」と言う声が響く。が、それがない。しばらく沈黙が続く。いやな沈黙だと思う。様子はついたてがあってわからないが……。
 ああ、案の定、先ほどの一団の誰かが倒れたみたいだ。給仕していた背の高いバイトらしき若い男の子が、走って厨房の中に駆け込む。一団の中から「店員さん呼んで」、「救急車呼びましょう」と話し込む声が聞こえる。声は大きくない。それが緊迫感に思える。すぐに店長……かどうかわからないが、責任者らしき男が出てくる。彼も若い。しばらく倒れた人を見ているのか、ぽかんと様子見するよう。倒れた人に、意識はあるのかどうか、あるような周りの反応には感じられるが……。「顔がまっさお」と一団の中の女性が言う。店長、厨房に引きかす。電話する声が聞こえる。「こちらは横浜市中区……」。
 われわれは、俺や君、その他の客も、そこで自らの食事に戻らねばならない。なんとなく「倒れたみたいね」などという会話があちらこちらから聞こえてくる……ような雰囲気になる。俺も話しながら食事する。
 飲み物が切れる。ドリンクバーはすぐそこだ。ちょうど、通り道の左側が店の中心点。……「ちょうど」といったな、俺は。俺は「ちょうど」といった。心でそういった。野次馬か。しかし、俺のコップの中身が空になったのはたしかだし、俺はドリンクバーに金を払う。わざわざ気を使って水でがまんするというほど、俺は聖人君子ではない……。
 いや、それはフィクションだ。ブログ用の、今ひねり出されたイクスキューズだ。なんとはなしに立ち上がり、当たり前のようにドリンクバーに行き、少し迷ったすえに炭酸水3+果物野菜ジュース7の飲み物を充てんする。当たり前のように様子をうかがいながら席に戻る。できるだけシリアスな、小さな声で「男の人。顔、真っ白でしたよ。まったく動いていないみたいでした」と言う。それだけだ。
 五分、十分、いや、十分まで数えたかどうか、救急隊が来る。気づいたのは、彼らがストレッチャーを運んで現れたときだ。サイレンは聞こえなかった。窓の方を見れば、向かいのビルに赤色燈の点滅の反射するのが見える。車体自体は角度から見えない。
 救急隊員、話を聞いたり、脈をはかる(?)などする。「病院に行って、検査しますから」など話しかける声が聞こえる。本人に意識があるのだろうか。よくわからない。周りの誰かの一人が、つきそいに行くことになる。しばらくして、倒れた男性がストレッチャーに載せられる。少し手の位置を自分で変えるのが見える。靴は脱がされ、足下の間に置かれる。店内は落ち着きを取り戻す。
 ……が、外の赤色燈の反射が消えない。五分、十分、こちらは確実に十分過ぎた。その間、思いがけず二人が抜けた面々と店長が、メニューについてのやりとりをしている。「……と、……はキャンセル。ああ、もう作っちゃってるでしょ。代金は払うよ」、「いや、結構です、結構です」と店長。やがてキャンセルされざるクラブサンドが運ばれてくる。俺はファミレスであの最終ページの一つ前にある、ピザやクラブサンドなどを頼んだことがない、と思う。真ん中の人たちが、隣の若いカップルに詫びたり、若いカップルが「いやいや、ぜんぜん」などといったりするやりとりがある。
 しかし、まだ消えない赤色燈。十五分。「ひょっとしたら、あの赤いの違うんですかね」。「工事でもしていたかな」などと話す。と、不意にサイレン、やけに弱々しいサイレンとともに、窓の向こうを救急車が行くのが見える。あまりのタイミングに言葉を失う。「受け入れ先探してたんですかね?」、「治療していたのかもよ」と言葉はすぐに戻る。
 俺はメガポテトとラザニアと、同行者の食べきれなかったなにかを食べて腹が膨れる。いつもは最後に必ず飲むコーヒーをとらず、店をあとにする。

関連______________________

救急車が通報を受けてから病院などに搬送するまでに要した時間は07年、全国平均で33.4分と過去10年間で最長だった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090122-00000086-mai-soci

病院までの到着時間で最も多かったのは「30分〜1時間」で全体の44.1%(216万1931人)。次いで▽「20〜30分」35.7%▽「10〜20分」13.6%だった。

 相場としてはこんな感じらしい。