あたたかくもなく、さむくもなく、晴れてもいなければ、曇ってもいない。夏でもないし冬でもない。春でもなければ秋でもない。朝方ということもなく、真昼でもなく、夕方でもない。ましてや夜でもない。
バスを待つ、中年というには老いすぎて、老人というにはまだ若い男の人がいる。薄いブルーのポロシャツに、灰色のスラックス。短く刈りあげた頭には白いものが多く、メガネをかけ、ハンカチで汗をふく。
俺は、あれは足利事件の菅家さんじゃないかと思う。近くを通りすぎる。それは、菅谷さんではなかった。ただ、べつにそれが菅谷さんでなくとも、俺は、こう言うべきではないかと思う。
「あなたは、なんの罪もないのに咎められ、何十年も囚われていた。あなたにはなんの罪もないのだ。無実だったんだ。だから、もう、あなたは自由なんだ。あなたが囚われになる理由なんて、これっぽっちもなかったんだ」
そうすると、俺は、もっと、大勢の人に、そう言うべきじゃないかと思う。老いた人も、若い人も、昨日生まれたばかりの人も。みなに同じ事を言うべきだし、俺もそう言われてもいいんじゃないかと思う。
ライ麦畑の端っこで、崖にむかって走ってくるガキをがっちりキャッチするのでは遅いのだ。遅い。みずから出向いていって、さきに討ちはたす。それはなにかすばらしいことのはじまりだ。俺はそう思う。
あたたかくもなく、さむくもなく、晴れてもいなければ、曇ってもいない。夏でもないし冬でもない。春でもなければ秋でもない。朝方ということもなく、真昼でもなく、夕方でもない。ましてや夜でもない。
俺はそう思う。