美しい映画、『ノーカントリー』

ノーカントリー スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]
 俺はコーエン兄弟が好きで、一番好きな映画はなにかと言われたら『ビッグ・リボウスキ』かもしれないくらいなのだけれども、『ノーカントリー』を見ていなかったので見た。

 実に美しい映画だと思った。俺の好きな色合いだと思った。俺の好きな風景だと思った。『パリ・テキサス』みたいな、『バグダッド・カフェ』みたいな、『ヒッチハイク』みたいな、『ブロークバック・マウンテン』みたいな、それぞれアメリカのどこか知らないけれども、俺にはそんな気がした。藤原新也の『アメリカ』という写真集があった。あと、アンドリュー・ワイエスのような、エドワード・ホッパーのような。……よくわからないが、俺のビジュアル的な、アメリカ観。それはうらさみしく、好もしい。

 ハビエル・バルデムトミー・リー・ジョーンズがベッドやソファに腰掛けるシーンが好きだ。後ろの窓が開いていて、風が入る。スイッチの入っていないブラウン管に自分の姿が映る。人生の中の一瞬がある。一瞬だけ、ふつうの生活にすべりこむ。ミルクの味を想像する。

 ハビエル・バルデムの武器。屠畜用空気銃。鍵穴を吹っ飛ばして入ってくる。そして、サプレッサー付きのショットガン。しびれる。あの音は一度聞いたら忘れられぬ。
 殺人者、殺し屋。俺が思いうかべたのは、ゴルゴ13。見た目は違う。ともに、冷静沈着。プロフェッショナル。目的のためには手段を選ばぬ。合理的。ただし、なにかこだわりのようなものはある。大怪我をしても自分でどうにかする。どちらも、究極的な「なぜ?」がわからない。ただ、ゴルゴは依頼を受け、それをこなす。その目的はわかりやすい。アントン・シガーは自分が目的なのか。ただ、お前がお前のルールにしたがってそんな状況になるとき、ルールに何の意味があるのかという。
 脚を自分で手術する一連のシーンは好きだ。へんな話だが、俺が自分のアパートで髪を染めるときのことを思い出した。ユニットバス、シートをひいて汚れないように。リアルに作られているから、たぶん。

 トミー・リー・ジョーンズはつらい。ジョーカーに対峙せざるをえないバットマンよりつらい。宇宙人にもなる。バルデムだけじゃない。アメリカのすべてがつらい。ゴースト。高橋源一郎の『ゴーストバスターズ』ってどんな話だったっけ。
 死がとりかこんでいて、おびえ、ふるえる。暴力のアメリカ。ジェイムズ・エルロイ

 やけに足を気にする映画だと思った。足を怪我し、足に流れる血をよけ、最後の方、家から出てくるところも、だ。意味はよくわからない。はじめの方、スタンドの親父の後ろのキーチェーン。まるで絞首刑のロープ。あの本数が、死者の人数に呼応してるのを知っているだろうか。俺が今考えたので、俺もよく知らないのだが。
 
 というわけで、『ノーカントリー』はすばらしい映画だった。俺はすごく気に入ったし、救いがない。アメリカの映画にはいつもまずいコーヒーが出てくる。よくわからないが。