千葉石狂想曲


 「ぼくと契約して、千葉石採掘人になってよ」
 そんな流行りの誘い文句に乗ってか乗らずか、千葉はすぐに食い詰めた人間でいっぱいになった。長引く不況と終わらぬデフレで、日本のあらゆる都市も失業者に溢れていた。天然ガスを含んだ新時代の資源、日本再興への切り札……。最初の採掘業者が開業を始めてから、千葉県の人口は月に8万人ずつ増えた。はじめは山野、つぎに農地、最後には市街地もすべて採掘場に姿を変えた。緑豊かな房総の山はすべて禿げ山になり、ひっきりなしに煙を吐く。マザー牧場の最後の牛が茨城に運ばれるさまはテレビで報道されはしたが、誰も気にとめるものはいなかった。東京湾を挟んだ三浦半島からは、つねに黒い雲が浮かんでいるのが見えたという。そして、夜には千葉石の光。
 俺たち採掘者が、狭苦しい個人用就寝カプセル、通称‘コフィン’の蓋を開けて見る景色、まだ夜明け前の千葉、ごつごつした荒野の地表をうっすらと覆う寂緑色。そして、遠くには不夜城チバ・シティの光。
 チバ・シティ――ふんだんに千葉石を使った人類史上最悪に悪趣味な都市。宇宙飛行士からは、チバ・シティから放射状に伸びた、千葉石輸送用モノレールがどのように見えただろうか? それとも、テレビの空きチャンネル色の空が覆いかくしてしまっていたか。東京湾アクアラインは、すぐに三本追加された。東京は千葉石の物置になり、横浜は市域の半分が精製工場とドックになった。
 世界の中心はまぎれもなくチバ・シティだった。世界中のだれもが、オノ・センダイの端末のグリーン・ライトを見るたびに思い知る。きりがないほど並んだコフィン。採掘人も、いつかはオノ・センダイの端末を手に入れることができるだろうか。他愛ない夢。いつかは、千葉テレビの最新アニメを観ながら眠りにつくのだ。


 ……そんな時代もあったのだ。
 今、三浦半島から東の方を望むとしよう。そこに見えるのは、ただ茫洋とした海にすぎない。夜になると天津小湊の軌道エレベータ廃墟が海上で光るなどという話も、都市伝説にすぎない。房総半島は海の底に沈み、多くの人間が死んだ。那珂湊から船橋、アフリカの国境みたいにまっすぐな海岸線。千葉は巨大な海底墓場になってしまった。まさか、20世紀の悪夢を千葉が実現すると誰が思ったろうか。
 俺は明日も霞ヶ浦の入江から旧千葉灘に漁船を出す。そして、腹がうっすらと緑色に光るイルカを獲るのだ。俺にはそれがときどき、海底のコフィンから這い出てきた失業者のように見えることがある。