すこし不思議〜ウィリアム・ギブスン『パターン・レコグニション』を読んだ

パターン・レコグニション

パターン・レコグニション

 ウィリアム・ギブスンの『パターン・レコグニション』を読んだ。ウィリアム・ギブスンとおれ。おれは『ニューロマンサー』三部作をたいへん愛している。愛しているわりには、細かい内容なんざ覚えていない。『カウント・ゼロ』、それに『モナリザ・オーヴァドライヴ』、すばらしいタイトル。ディクシー・フラットライン。没入と書いてジャック・イン。むしろ覚えているのは『クローム襲撃』の短編の方か。混ざり合ってよくわからない。チバ・シティの空の色。コフィン、オノ・センダイ。
 『あいどる』も読んだ。『バーチャル・ライト』、『あいどる』は読んだ。日本のラブホテルの描写がよかった。『フューチャーマチック』。これは読んでないかもしれない。どちらでもいい。情報史に関する本を手に取ったこと、ちょっと前にここらのネットでSFが話題になっていたこと。そして『パターン・レコグニション』に手を出した。
 SF。すこし不思議。同時代ペンギンの小説。われわれが夢見たサイバースペースは出てこない。近未来ないし未来的ガジェットも出てこない。2003年の話。むしろ、脳内で彼ないし彼女の使うiMacを最新式のそれで想像したり、携帯端末をiPhoneにおきかえる必要があるくらい。
 スピード感はあまりない。解説によると、ギブスンは本作で、リアルな現代性と一人の視点ときめ細かな描写を心掛けたらしい。そのとおり。そして、われらがかっこいい女主人公ケイスはロンドン、東京、ロシアを旅する。
 東京の描写はまるでフランシス・コッポラの撮った映画みたい。いや、それ以前にギブスンが描いてきた描写を思い浮かべるべきか。ギブスンの都市の描写、あるいは都市の情報の描写はすばらしい。ケイス、皇居には入れないが、東御苑はお金を払えば入れる。観光客だらけで神秘的な小径とはいかないかもしれない。そういう意味で、都市と同じく、われわれのサイバースペースの描写もリアルだ。過不足はない。
 とすると、一般小説(というものがあるのかどうかわからないが)、SFでないのか、というとそんなことはない。そんなことはない、と言える根拠は……ないが。まあ、ジャンルなんてどうでもいい、となると、なかなかいい。悪くない。先に述べたが、スピード感はあまりない。目まぐるしいフリップみたいなものはない。丁寧だ。おそらく、小説をおもしろくするいくつかのポイント、のようななにかに忠実なように思える。そして、むしろ、われわれのまわりを埋めつくすような、ファッション・ブランド、ロゴ、名前、名前、名前に、特殊なアレルギーを持つ主人公ではないけれども押し潰されそうになる。なるというと言いすぎだが。
 そこに、執筆中に起こった9.11の要素が入り、裏側にはなにかありそうな世界がある。国家や都市の記憶がある。ピラティスをする身体があって、相似形の都市があって、世界がある。身体はその内部に、その遺伝に情報がある。その一貫性、サイバネティクスというもの。違うか。
 まあいい。おれは続いて『スプーク・カントリー』を読んでいる。その先には、時代をさかのぼって『ディファレンス・エンジン』を読もう。

関連______________________

……このエントリはすこしだけタイトルに偽りありだが、偽りないほうの話はどうなっているのだろうか。

……『ヴァーチャル・ライト』を酷評して『あいどる』を評価している。まったく記憶にない。