神経伝達物質から金を取るのは許されるのか?

10万も20万も支払ってる人は、もはや「面白さ」ではなく「錯誤」や「射幸性」にお金を払っています。

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 おれはいま、抗うつ剤であるとかロングやショートの抗不安剤であるとか睡眠導入剤まみれで生活していて、わりと脳内の伝達物質とかのことに興味がある。理系落ちこぼれのくせ、前から興味がないわけではなかったが。
 それで、ちょっと前、なにか適当に検索をかけてPDFの論文とか見ていて、こんなのを見つけた。

 「遅延報酬選択における衝動性と抑うつ傾向」という論文である。書いてあることの9割5分くらいはわからない。正しい実験のやり方なのか、正しいデータなのか、正しいことが書いてあるかどうかもわからない。ただ、なんとなく「脳内のセロトニン具合のよろしくない抑うつ的なやつは、長期的に得る大きな報酬より目先の少なめの報酬に飛びつきやすいんじゃねえの?」というようなテーマの話だろうとは思った。
 まあ、これの個別的な内容はいいんだけれども、どんどん人間の脳内の神経伝達物質やらなにやらの働きが解明されていって、人が博打やモバマスにはまりこんでいく機序みたいもんが明らかにされていくんじゃないだろうか。
 それで、そうなったとき、なんというのだろうか、そこのところに明らかに働きかけて、それで商売したり、政治したりするのは、オーケーなのか、アウトなのか。

 サブリミナル効果とか、その効果自体への疑問符はあるみたいだけど、まあ、人間の無意識に働きかけるのはアウトだよ、ということになっている。それじゃあ、依存性を生じさせるコンプガチャ? とかそういうもんはどうなんだ、と。あるいは、パチンコ、パチスロ三競オート
 って、これは他人事じゃない。いや、、いちおう俺は競馬をやめているので「他人事じゃなかった」と書かせてもらうが、やはり勝ち逃げの難しさや、負け続けの日の最終レースのときの自分が自分が自分でない感じ、については知っているつもりだ。もともと俺は成功体験を受容する性能が著しく低いようで、馬券が当たっても、ほんの一瞬の快感の次に「もっと買っておけばよかった」、「買い目はもっと絞れた」と後悔の方が大量におそってくるタイプで、石橋脩を叩いてガルボを買わないようなやつなんだけど、カーッとなって、なにか突っ込んでしまう瞬間というのはある。
 ただ、俺はお馬で人生アウトになっていないし、少なくない競馬人間がいて、そこまで大勢の人間がアウトになっていないから、合法的に競馬が行われている。このあたりは、社会の損失とのバランスのみで語られるところだろう。
 もっと端的にいえば、脳に直接効くドラッグであるアルコールが許されている。もちろん、禁酒法みたいな発想もあって、結局のところ綱引きや落としどころ、そういう話になる。その都度、社会にとってのメリット・デメリットを勘案して決めていきましょう。その中には、たとえば造酒業界やタバコ産業の経済への貢献みたいな話だって入ってくる。ナチス政権下ドイツですらそうだった。
 じゃあ、そういうところで。……なんだけれども、なんだろうか、どんどん人間の脳の中の機序がわかっていくにつれて、それじゃあ自由意思とか個人の自由、個人とはなんなんだろう、みたいなところをもうちょっと突き詰めなくていいのか、という気もするのである。刑法上の心身喪失とかに近いところもあるかもしれんが、脳内の化学伝達物質の、本人の意思ではどうしようもない側面を含めて人格か。というか、その意思というものは……と、それはもう哲学とかの領域になるのだろうか。
 わからんが、なんかそのあたりがどうもひっかかる。むろん、全人類のすべての脳がリアルタイムでモニタリングされるとか、脳内の精密検査でそいつのあらゆる傾向が決められるとか、ディストピア的SFの世界は望まない。望まないが、子供の時点で将来的に不幸な方向に行く確率のえらく高いやつとかを判別できるのならば、判別しておくべきという気もする。サブリミナル効果(があるとして)のように無意識を操られるのも面白くないが、芸術や広告、表現全般で人に揺さぶりをかけるような創意や工夫が、その効用ゆえに否定されてもつまらない。パターナリズム優生学(って、なんか自らに関して非常に思うところはあるのだけれど)に陥らず、さりとて脳の中身への侵入を自由にさせず。
 畢竟ずるに、人間とはなにかというところの大いなる問いに接近せざるをえないのだろうし、科学というものがいろいろ明かしていくにつれてまた新たなあいまいさが生まれ、問いも増えていく。それこそが進歩といえばそうなのだろうし、とくにその速度が加速度的な今に生きる以上、つねに革命的警戒心を絶やしてはならない。だから俺は、思わず新曲を買ってしまう、追加衣裳を買ってしまう衝動を抑えて、アイマス2の電源を入れない。でもやりたい。まったく、めんどうなことだ。