忌まわしいなにかかく語りき

貧乏は盗賊のように
欠乏は盾を持つ者のように襲う。
ならず者、悪を行う者、曲がったことを言い歩く者
目くばせし、足で合図し、指さす者
心に暴言を隠し、悪を耕し
絶えずいさかいを起こさせる者
このような者には、突然、災いが襲いかかり
たちまち痛手を負うが、彼を癒す者はない。
ヘブライ語聖書『箴言』格言集(一)

 おれには五人のいとこと一人の弟がいて、みな成人しているが結婚しているのは女一人であとは独り身である。その女一人は一人の娘を産み、今二人目の人間を腹の中に宿していると聞いた。今日聞いた。
 その女が産んだ一人目の娘とは昨年の祖母の葬儀で顔を合わせたが、向こうはまだ二足歩行を始めたていどのものであって、はたして顔を合わせたといえるかどうかはわからない。
 親戚一同で飯を食う段になって、あんよがお上手みたいなことになり、その小さな娘への贈物が送られることになる。かわいい、かわいいとみなで盛り上がる。贈物? そんな気も利かなければ金もない俺と俺の弟(無職)はおとなしく隅のほうでたいしてうまくもない和食みたいななにかを箸でつついていた。
 「あれに対して心からの笑顔を向けられたならば、われわれももう少しマシな人生を送れていただろうか」
 「わからんね。あるいはうまいこと作り笑いできることが肝要なのかもしれない」
 「こっち見てるぞ」 
 「おい、われわれなぞと目を合わせると人生が不幸になる。向こうへやりたまえ」
 ……まあ、こんな会話があったのかなかったのか。
 ただ、そのとき、なにか俺はこう、自分を忌まわしいなにかなのだと感じた。触れてはいけないもの、触れたら不幸させてしまうもの。貧乏神か疫病神か、あたしゃ神様ならまだましだけれども、ようするにケガレのようななにかのようだと。祝い事や喜ばしいできごとに加わってはならないと、そのように思った。いや、そんなたいそうなものじゃない。親戚の中で肩身の狭い、低収入で家庭一つ作れない、出産祝い一つ贈れない、クズ人間だということだった。
 しかしまあ、自分の心のどこを探しても祝福の二文字も見つからないのだった。まあ、かといって呪詛の言葉もとくにはない。たまたま生まれてきたあらゆる子供には10ポイントくれてやる、それだけのことだ(あの日見た花のことを先生には話すなよ - 関内関外日記(跡地))。
 まあ、子を持つ親に警告しておくが、悲観する者、不幸な者には子供を近寄らせない方がいい。しかし、他人の悪口を子供の前で言うべきではない。子を持つていどの人間ならば、言わずともわかるだろうが。
 というわけで、近頃とくに自分自身が疎ましく感ぜられ、薬物で抑えつけてフラットになっていながらたまに噴出してくるなにかといえば、うっかり割ってしまったお気に入りのガラスコップを粉々になるまでとくになんの感情の盛り上がりもなく別のマグカップで割り続けるとかそういうことばかりであって(マグカップも割れてしまうのだが)、簡単な言葉でいえばストレスが発散されていない。発散されていたことなどあったろうか? いや、すくなくとも酒を飲んでいる間だけはなんらかの幸福があった。盛り上がりがあった。俺は昨年の終わり頃にメンヘル医者に通い始めて薬を飲むようになってから、一滴もアルコールを入れていない。ただ、禁酒の決意もなにもなく、やめるからやめるというだけのことだった。医者に行く前は、自分にしては相当飲むようになっていたが、パッタリとやめた。まだアパートの中には焼酎もスコッチも転がっているけれど、だからといってどうということもなく転がったままだ。
 言うまでもないが、酒が飲みたいと思っている。医者で処方される薬物は心を鎮め、あるいは沈みすぎから引き上げ、血圧を下げ、深い眠りに導いてくれるけれども、発散というものがない。そこが辛いところだ。かといって、俺はもとより睡眠障害者のようなものであって、睡眠を徹底的に悪くする飲酒はおもしろくない。睡眠にすら背かれるというのはそうとうにおもしろくないものだが、少しでもましになるよう、マウスピースのような何かを口にはめ込んで寝ているくらいだ。酒は駄目だ。
 酒が駄目だとなると、あとはなんだろうか? やはり最近流行の脱法ハーブとかそういうものがいいのだろうか。合法ハーブであれば、ルッコラカモミールを育てているし、悪くない話だ。すばらしい横浜にはそういう店もあるらしいというじゃないか。だが、そういう店に行く勇気があるかといえばないのであって、思案のしどころマゼンタ、イエロー。やはり中島らも言っていたが、攻守ともに最強のドラッグであるところのアルコールに帰るのか。さて、どうしたものだろうか。ただ、なにかアッパーで素敵な気分になれるのであれば、シャブにだって手を出したいというのが偽らざる本音なのだけれども、ただ問題はといえばそんなもの買う金がないというところでもある。ああ、金さえあれば人生は黄金であろうに。

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……しかし、最後のこれ、いかにも脳の障害が少なからず影響しているな、今考えると。