高橋容疑者が都会で身を隠すための、たったひとつの冴えたやり方

 さて、まじめに高橋容疑者がどう身を隠すか考えてみたい。思うに、本人が言っていたというように、新幹線や飛行機というので遠くに逃げるのは、当分のところ無理だろう。また、うまく逃げたところで、人の少ない田舎でよそ者は目立つ。
 おそらくは、別人名義かなにかで用意していた隠れ家のようなところで、備蓄食料を食って過ごすのだろう。都会のアパートなど、急に隣の部屋に人の気配があったところで、たいして気にされることもないだろう。一度契約してしまえば、だ。金さえ引き落とせれば家主もライフライン企業も気にすることはあるまい。しばらくしのぎ、風貌を変えて逃走する。なにせ長い準備期間もあったし、他の名前の身分証明書も持っているかもしれない。これしかない。
 が、そんなもの無いとしたらどうだろう。少なくとも人々の話題やおれのような貧乏人の目、そして警官どもの目から外で逃げ回らなければいけないとすれば……。
 とりあえずは容姿が問題ではあろう。容姿をどうにかする。が、急に髪の毛が長くなったり、髪色が変わったり、ひげが急激に伸びたり、いきなり17年前の眉毛の太さになったりする秘法を会得していることもないだろう。せいぜい、片眉を剃り落とすくらいが……。
 そうだ、それだ、それを突き詰めたらどうだ。一般人のふりなどしたところでもう遅い。逆に、髪の毛と両まゆを剃り落として……そうだな、ひげは無精髭を伸ばして、さらにはミニスカートを履いたりすればいいんじゃないのか。上はドカジャンとか、キリッとスーツとか、なんでもいい。それで、下は白いブリーフ。いや、下着だと職質されるから、やはりスカートがいい。それで、大量のキューピーちゃんを引きずって歩くとか、おしゃぶりをくわえているとか、わけのわからない電飾を光らせているとか、そういうのはどうだろうか。ハートのサングラスかけて、オリジナルソングとか歌うのもいい。なんかこう、そういうふうになるんだ。
 え、目立つ? そりゃあ目立つさ。しかし、街ゆく人たちはそういうおっさんが前から歩いてきたらどうするかね? 目をそらすだろう! 自分の子供と一緒だったらどうなる? 「おかあさん、あれ……」、「シッ、見ちゃいけません」ってなるだろう! そう、目撃した人たちは、これこれこういう異様な人を見たと、学校で、職場で話すかもしれない。しかし、その話はそれでおしまいである。そいつの顔なんて誰も見ちゃいない。
 が、これもいくらか場所を選ぶ。都会といっても、場所によってはそれで通報になってしまう。しかし、どうだ、高橋さん、関内、いや、関外に来たまえ。「最近、ミニスカートのおじいさん見ないね」とかが日常会話のこのあたり、寿町あたりに来たらどうだ。ちょっと変わった風体の人間が歩いていても、「ああ、アウトサイダーな人だ」ということで認識されて終わりである。目をそらすどこか、気にもされない。だから、逃亡者とも思われない。お巡りも、よもや特別指名手配者がそんな格好で歩いているとは思うまい。むしろ、「あの、指名手配の高橋ですが」と話しかけたところで、「はいはい、今忙しいから」と相手にされない公算が高い。神奈川県警だし。そら、どうだろう、やるべきじゃないか!
 ……と、さんざん煽っておいて、まんまと罠にかかったところでおれが捕まえるという新しいビジネスを考えたのだけれども、どうだろうか? うまくやれるんじゃないのか? やってみせるさ。それじゃあ、ちょっと探しに行くから。おしまい。