『フィンランド上空の戦闘機』、『北欧空戦史』ときて、最後に(かどうかわからんが)、「イッル」ことフィンランド空軍最高のエース、「無傷の撃墜王」エイノ・イルマリ・ユーティライネンの自伝的戦記を読んだ。前記二冊によって、冬戦争ならびに継続戦争についてはある程度わかっていたつもりだったが、さらにこれを読んで勉強になった。なんのためになるのかは知らないが。それというのも、本文より長いんじゃないかという注釈のおかげであって、ユーティライネン氏が「わたしにとって、1944年は休息からはじまった」というところに(注1)とあって、ここにその時点での飛行第34戦隊の細かい編成と戦争開始時からのフィンランドの死傷者数、さらにその時点でのマンネルヘイム元帥の思惑まで書かれているのである。ちなみに、「休息」とは練習機の給油に行って帰る間にアクロバット飛行をした旨で軍法会議にかけられ、30日の謹慎を食らったとかいう話だ。この調子で、本文でユーティライネン氏が次々に「赤」を撃ち落としている一方で、注釈の方で政治的な流れから、その日に行われたべつの戦闘の戦果と被害、あるいはユーティライネン氏がスピットファイア(レンドリース品)と思ったのはヤク7とか、P-38と思ったのは敵方の鹵獲機のFW189じゃないの? とかツッコミが入ったりと、まあたいへんなものである。写真も膨大だし、巻末にはフィンランドのエースの会のインタビューなど載っていて「メルスよりブルーステルの方が好きだ」とか「シュトルモビク固い」とかそんな生の声もある。
で、話は著者に戻るが、この本を読む限り、ほとんど無傷の撃墜王っぽいなーっというのはわかる。間違って見方の対空砲火に穴を開けられたり、機関銃トラブルやエンジントラブルとかに見舞われて、ピンチもいっぱいあるけれども、なんか当たらんという印象。対空砲火の雨霰もなんか当たらんという感じ。このあたりは、高度な操縦技術とともに、やっぱりなんか「持ってる」んじゃねえかとか思ったりも。ある待ち時間でのエピソード。整備兵からポーカーをやらないかと誘われる。
部屋に入るとき、わたしは、今まで金を賭けてやったことは一度もないんだとはっきりと告げた。連中は1マルッカずつ賭けてやっていた。とにかく、わたしもそれでやってみることにした。一時間もたたないうちに、私は全員を「おけら」にしてしまった。金は全部で800マルッカもあった。そのとき、滅多にない満場一致で、連中は、もう絶対に貴様とはポーカーをしないと罵りながら、わたしをそこから叩きだした。
とかね(このあと、幽霊話とかでっちあげてこの「客あしらい」に復讐したりしてる)。
まあもちろん、ポーカーの話ばかりではないし、空戦の話もある。正直、こないだの日曜日に偶然アクロバット飛行を見ておもわず本書を一気読みしてしまったのだけれども、まあたとえばこんな風に図解されているようなマニューバーだ。ぐるぐる回りながら上昇していって相手が見越し射撃しようと内側をついてきて速度差が出て距離が出て上昇を諦めて下降するのと同時に降下してって上昇して背面を見せたところを撃つ、みたいな(合ってるかどうか知らん)。まあしかし、あの先日見かけたアクロバット飛行など出来る人間と、そうでない人間が空戦をすれば……みたいな話だろう。もちろん、ソ連の戦闘機もどんどん性能アップしていったし、搭乗員の中にも骨のあるやつがいると、そんな話も出てくる。
ほか、興味深かかった話としては、マンネルヘイム元帥75歳の誕生日にアドルフ・ヒトラー訪問したという話だ。wikipedia:カール・グスタフ・エミール・マンネルヘイムの「ヒトラーの訪問」というやつだ。これをユーティライネンも見ている。1942年6月3日の晩、インモラ基地に出頭するように命令されたという。なにがあるかは、行ってみても教えられず、警急姿勢の戦闘機の姿が見られた。やがてやってきたのはドイツ軍の高官を乗せたハインケルHe111数機、そして巨大なフォッケウルフFW200「コンドル」、総統の専用機。
ヒットラーの髭ってのは真っ黒なんだと思っていたが、実際に見てみると濃い茶色だった。
だそうだ。一行にはカイテル元帥やらディートル上級大将、デーニッツ提督もいたんだとか。で、この会見の場所は水師営もとい小さな基地であって滑走路も短く、「コンドル」はブレーキ時に摩擦熱で焔が出たとか。さらに、この日は雲も低く目的地も見つけにくく、「コンドル」が工場の煙突に衝突しそうになったという。注釈によると、ブルーステルで「コンドル」の護衛にあたっていた「ハッセ」ハンス・ウィンドは回想録で「カウコパーの煙突があと20メートル南にあったら世界の歴史は変わっていたことだろう」と書いていたらしい。
しかしまあ、ソ連軍の襲撃の可能性もある中、危険を冒してまで自ら出向いてきたヒトラー。対ソ戦においてフィンランドの重要度とか、あるいは『完全分析 独ソ戦史』で、トルコとの関係云々で軍事作戦を云々したとかいう、なんつーのか、そのあたりは大局的に見ていたのかとか、でも、結局失敗しちまってんじゃんとか、まあいろいろあるか。しかしまあ、この訪問にしても、マンネルヘイムがけむにまいたというのだから、フィンランドっちゅう小国が独立を守れたのは、上から下までいろいろしっかりしていたということだろう。
と、まあ、なんだろうか、フィンランドの戦いというのは、とくに空戦に関してみればなんというか読んでいて爽快感みたいなものがあるし、三冊読んだ上ではそういう印象が強い。もちろん、犠牲者も多いが、対ソの比較とか見るとな。ただ、巻末にあった「ついてないカタヤイネン」氏曰く、「いつかきれいごとではない本当の戦争の話を書きたい」とのことで、まあ結局それが書かれたのかどうか知らないが戦争ともなれば悲惨な話もたくさんある。市民に対する無差別攻撃もあったろうし、なによりおれはまだ地上戦の話を読んでいない。さらにいえば、たとえば枢軸側と組むような形でソフィン戦争が始まってしまったとき、フィンランド内の共産主義者はどういう扱いを受けたのだろう、とか(本書ではソ連側に寝返りゲリラ戦を指揮したやつがいたとかいう話も出てきた)。あるいは、ソ連側からの話なんかもな。あー、まあ、そんなんで、まだ興味が続くならば読んでみようか、と。ドイツから派遣されたクールメイ(クールマイ)戦闘団とか、ソフィン講和後の対独戦(昨日の友は今日の敵)とかもなー。あ、とりあえずおしまい。
……下手に歴史に名を残すもんじゃないってファーザーが言ってたっけな……。
☆彡
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……こっちにもイッルは出てくるし、もちろん、イッルの方にもルーッカネンも出てくる。
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……同じ訳者による本。「クノーケがピンチになると繰り出す螺旋旋回の急上昇離脱」ってのはイッル先生の必殺技と同じようなもんかな。同じ「メルス」だけど。
……ここで俺が書いたみたいな、パラシュートみたいなの撒けばいいじゃん、みたいな話をソ連軍の爆撃機が実際にやってるみたいのが出てきて、おれも労農赤軍になれるなとか思った(思ってない)。
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