34歳、酒と煙草と睡眠と精神、そして身体


 おれは34歳になるので日記に記すことといえば健康と病気の話ばかりになってしまった。ただ、病を発症するというよりは、病を発見しつつあるという方が近い。今週のお題今週のお題は「ねむい」だそうだが、おれの「ねむい」は病気としてのそれ、すなわち睡眠時無呼吸症候群のそれだ。おれは太ってはおらず、下あごの小ささが原因なのだが、思えば小学生のころからずっとねむかった。やがてその眠気というには強烈すぎるそれについて疑問に思い、はじめは血糖値を疑ったが、いろいろの結果、睡眠時無呼吸症候群との診断を受けた。市大病院で作ったスリープスプリントという名のマウスピースなしに寝ると、それは「寝る」に値しない休みしかおれに与えない。おれはずっとそれを知らずに生きてきて、ほぼ改善された。少なくとも、日中、電源が切れるように眠りに落ちることはなくなった。
 おれの絶え間ない不安感、動悸は良性の期外収縮だ。ただちには影響のない不整脈だ。これも薬でいくらかは解消される。30歳をすぎて発症したわけじゃない。自分の性格、精神状態と思って生きてきた。アロチノロール塩酸塩でいくらかは改善された。
 精神状態が一番の問題だ。今のところは「双極性障害かもしれない」というところで、そのような薬を飲んでいる。おれの睡眠をすばらしいものにしたレスリンにかわり、ジプレキサなる薬を飲んでいる。おれが性格だと思っていたものは精神の病気だったかもしれない。ジプレキサにも幾分慣れてきて、突発的な怒りにワンクッション置かれるような感覚になってきた。怒りや苛立ちとの間に、カーテン一枚の仕切りができたような感じである。むろん、人間は怒る。しかし、全身総動員体制にはならない。
 怒り。おれは本当に怒って目いっぱいの怒号を他人に浴びせるようなことはあるだろうか。あった。自転車事故のときに逃げようとしたやつに向かってありったけの罵声を浴びせた、追いかけて捕まえた。そのとき、おれの頭のなかはどうだったか。ひどく冷静だった。こいつの前ではできるだけチンピラのように振舞い、警官が来たら言葉遣いも物腰もすべて冷静に、紳士的になろうと、そんなことを考えていた。そしておれは警察を呼び、そのようにした。
 もし、今おれがあの情況にあったらどう行動しただろうか。信号無視の自転車にぶつけられ、車道にたたきつけられ、自転車は後輪が歪んで動かない。ひょっとすると、なにもしない? いや、それはないだろう。かといって、とっさに『アウトレイジ』みたいに怒鳴れたかどうかわからない。想像がつかない。

 想像がつかない、ほどには、そのときと今では精神状態が違う……、のであればいいのだけれども。そうだおれは精神の起伏を無くしたい。フラットになりたい。フラット・ラインが理想だ。不安と恐怖に怯えることもなく、また、頭のなかで冷徹に自分を見ながら怒りにまかせて乱暴に走る、その極端をなくすこと。
 両の端を切り落としてカステラの体裁を整えるのでは不十分だ。もっと小さな起伏も鉋で削りとってつるつるに仕上げてしまいたい。その平らななかで、はたして人間の感情というものが残るのかどうか知らぬが、おそらくは残ってくれるであろうものがあるはずだ。それがなんという名前を持つのかは学もないのでわからない。理性か知性か悟性か、あるいは無辺の悟りか。
 ただ、そうであれば、それは安楽に違いない。せめてそのくらいの希望は持ちたい。
 とはいえ、おれはもう34だ。脳内の化学物質をいじり始めて、フラット・ラインを保ち、人並みのスタート・ラインに立つには遅すぎる。おれには恐ろしいほどの無気力感と自己否定に包まれる一方、それを包む無根拠の自信というものがあって、内心「おれのほどのものならばなんとでもなる」と思って流されて生きてきた。流されてきた結果が、自死か路上か刑務所の三択しか残されないような人生。
 おれはしばらくぶりに煙草を吸った。試供品を一箱もらったからだ。火をつけて思い切り吸い込む。あの、久しぶりに脳にくるような衝撃はなかった。なかったけれども、おれの心は素晴らしく安定した。ホルター心電図を装備していたら、そこの心電図はさぞかし正確できれいなものだったろう。
 そしておれは、シングルモルトウイスキーを買った。酒に尊卑はある。少なくとも、おれにとってはある。おれにとって一番尊い酒はシングルモルトのスコッチだ。日記にロイヤルロッホナガーと書いたので、どんなものかと一本買った。飲んでみる。あまり癖のない、爽やかな香が鼻に抜ける。琥珀のアルコールはじわじわと喉を焼いていき、口の中にはかすかな甘味が残る。悪くない。こんなに悪くない飲み物はこの世にない。
 おれは医者にかかる前から煙草を絶っていた。煙草を絶つのは簡単だった。まず高くなって買いにくくなった、いや、買えなくなったこと。そして、最後に吸っていた煙草が、ニコチンフリーの「エクスタシー」というハーブ煙草(誤解されそうだが、本当にハーブだけの煙草)だったこと。この偶然から、簡単に煙草は吸わなくなった。
 酒もやめていた。脳に効く薬を損ねてはならぬと思ったからだ。実験を阻害することになってはいけない。だから、常備していた最低でも二種類のスコッチ、ボウモアラフロイグ、ザ・マッカラン、あるいは名前も知らぬ安い銘柄のなにかを、飲みきってそのままにしていたのだ。
 我ながら徹底していたと思う。そこは一度、あるいは併存している強迫性障害のなせる技やもしれない。

 しかし、おれは今、なんらかの煙草と、そしてすばらしいウイスキーに回帰しようかと思っている。おれのフラット・ラインに寄与するもののように思えてならないからだ。自分で穴を掘り、それを自ら埋める。対象者を発狂させる拷問。一方で、「埋める」という作業でほかの負の側面を忘れさせる効果があるとしたらどうだろう。
 十分に買う金は、ない。ないかもしれない、おれはいま、そのようなことを考えている。それなりに忙しい年度末、左の奥歯が痛んでいる。ストレスで親知らずが蠢動しているのかもしれない。しかし、それを過ぎて続くようなら歯医者に行くことになるだろう。問診票の喫煙/飲酒欄になんと記すか、今はまだわからない。

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……どれも一番安いやつしか知らないよ。飲み方はストレート。そして水道水。