夕刻、街はざわついていた。
帰宅するもの、買い物に行くもの、目隠しをされて車に乗り込み地下賭博場に向かうもの。車道も歩道もない雑多とした横浜市中区。今まさにはじまっていた。そして終わりを告げていた。
その中を、音もなく走るスクーターがあった。おれは夢を見ているのかと思った。ふつうの若いお兄ちゃんがまたがったスクーター、無音、そのまま惰性で少し動いて停まる? 停まらない。速度を上げて走り去る。おれはやはり白昼夢かと思う。白昼夢じゃない。白昼でなく夕刻だった。そして、夢でもなかった。スクーターはまったくといっていいほど無音だった。自転車よりも音がしないんじゃないかと思った。
まったくあんな乗り物があるとは驚く。あれはきっと電動のスクーター。無音を身にまとって道路をゆく電動スクーター。どんな原動機も関わりないような顔をして、涼しげに通り過ぎていく。
おれは強烈に「あれが欲しい」と思った。しばらく考えると、あまり欲しくなくなった。夕刻、街はざわついていた。おれはつかの間、無音のスクーターが欲しくなった。それだけのことだった。