佐藤健太郎『炭素文明論 「元素の王者」が歴史を動かす』を読む

炭素文明論:「元素の王者」が歴史を動かす (新潮選書)

炭素文明論:「元素の王者」が歴史を動かす (新潮選書)

 実は炭素が本領を発揮するのは、この「化合物を作る」段階だ。今までに天然から発見された、あるいは化学者たちが人工的に作り出した化合物は七千万以上にも及ぶが、これのうち炭素を含むものはそのほぼ八割を占める。炭素は百以上もある他の元素が束になっても全く歯が立たないほどの、豊穣な化合物世界を創り出しているのだ。
 地上を埋め尽くす生命は、この豊かな化合物群に立脚している。

 で、その炭素の地表における存在比は0.08%にすぎない。「地表における存在比?」わからん。おれは化学博士の孫ながら、理系はさっぱりだ。それでも、この本は面白そうだな、と思った。目次を見てみよう。

序章 元素の絶対王者
第1章 文明社会を作った物質――デンプン
第2章 人類が落ちた「甘い罠」――砂糖
第3章 大航海時代を生んだ香り――芳香族化合物
第4章 世界を二分した「うま味」論争――グルタミン酸
第5章 世界を制した合法ドラッグ――ニコチン
第6章 歴史を興奮させた物質――カフェイン
第7章 「天才物質」は存在するか――尿酸
第8章 人類最大の友となった物質――エタノール
第9章 王朝を吹き飛ばした物質――ニトロ
第10章 空気から生まれたパンと爆薬――アンモニア
第11章 史上最強のエネルギー――石油
終章 炭素が握る人類の未来

 なんだかあまりにも多岐に渡りすぎていて、「なるほど、これが炭素か!」と思わせない。思わせないところが、最初の引用したところの炭素の本領というものなのだろう。いずれにせよ、おれなどはなんとなくこんな感じの目次を見ると「おもしろそうじゃないの」と思ってしまうわけで。どちらかというと世界史だかトリビアだかが好きなだけかもしらん。
 というわけで、この本、科学(化学)読みものなのだけれども、おれのような……理系落第生……にも楽しく読める。興味深いエピソードであふれている。日本でも阿片があったとか(津軽藩の秘薬「一粒金丹」)、古代ローマ人がワインを鍋で煮詰めて作った甘味料「サパ」を好んでいたけど、それは鍋の鉛が溶け出したもんだったよ、とか、英語に不慣れな研究員が「test」と「taste」を聞き間違えて発見された甘味料スクラロースの話だとか、カプサイシンの「痛み」に対してエンドルフィンが出たりとか、ニコチンの由来はあんまりニコチンと関係ないジャン・ニコだったりとか、クレメンス8世のコーヒーへの「洗礼」だとか、立川談志の「酒が人間をダメにするんじゃない。人間はもともとダメだということを教えてくれるものだ」とか、コンスタンティノープル攻防戦のウルバン砲(「マホメッタ」)だとか、ノーベルが晩年心臓を患いニトログリセリンを処方されてたとか、理論上最強の爆薬がオクタニトロキュバンだとか、その人物像が興味深いwikipedia:フリッツ・ハーバーだとか、石油の由来はまだ確定してないとか、そんな話がたくさん詰まっとるわけだ。
 そんな話がはたしておれの化学(科学)の知識に寄与するものであるかどうかはわからん。してないような気もする。しかし、おれのあらゆる領域になにかが寄与したところでろくなアウトプットもないのだから、まあ面白けりゃいいじゃねえの、というあたり。というわけで、けっこう面白かったです、この本。おしまい。