『地方競馬の黄金時代 廃競馬場に消えた伝説の名馬たち』を読む

地方競馬の黄金時代―廃競馬場に消えた伝説の名馬たち

地方競馬の黄金時代―廃競馬場に消えた伝説の名馬たち

 福島幸三郎厩舎の奥から3番目の馬房。ぐるりと壁から天井までゴム板が張られた重装備。ロジータの短く激しい競走生活の証が今もそのまま残されている。
「とにかくキック力が強くて、最初は壁に穴が開いてしまってゴムで補強したと思ったら、そのうち天井まで蹴るようになってね。あっという間に全面ゴム張り。このあと入った弟妹たちにも蹴り癖はあったが、天井までは届かなかったなあ。どこまで蹴り上げるか成績に比例したのが不思議だったね」と懐かしむように福島調教師は微笑んだ。
「川崎の競馬ファン永遠の女神 ロジータ」/中川明美

 おれが大学をやめてふらふらニートをしていたときのことだ。昼間の川崎開催に行って……、そのときのことはもう書いた。

 大学を辞めたか辞める前だったか思い出せない。俺はひとり川崎競馬場にいた。昼間の開催だったか、ナイター開催のはじめだったか思い出せない。抜けるような青空だった、かどうか。青空だったのはたしかだ。俺はふらふらと内馬場に行った。馬券はもう買っていたと思う。内馬場の芝生。腰をおろしてみた。気持ちのよい日だった。俺は、寝っ転がってみた。そのようにするのが、そのシチュエーションに合っているような気がしたからだ。ただ、俺は、芝生の上に寝っ転がるのに慣れている人間ではなかった。なんとも、居心地の悪さを感じた。青空もきゅうくつに感じた。これでいいはずなのに、なにか違う。この据わりの悪さ。自分が、なにかから自由になって、好きなことをしているはずなのに、寝っ転がってる俺は自由ではなかった。俺という人間は、そんなものなんだろうと思った。
 女性アナの声が響いた。「テーケーレディー圧勝です!」。そして、誇らしげにこんな言葉がつけくわえられた。「あのロジータの妹です!」。しみったれた川崎競馬場になにか感情のさざなみがおこったように思った。俺は体を起こして、次のレースの予想をはじめた。

記憶の中の馬たち、いまいちど - 関内関外日記(跡地)

 おれは地方競馬の黄金時代というものに巡り合っていない、のだろうか。アブクマポーロメイセイオペラフリオーソアジュディミツオーに……個人的好みで言えばゴールドヘッドオリオンザサンクストーシンブリザードシーチャリオット……おれにはおれの黄金の記憶がある。とはいえ、伝説の名馬、フェートノーザンテツノカチドキロッキータイガーステートジャガーキングハイセイコーカウンテスアップなどなどの現役を知らない。そして、おれは南関四場のほかの地方競馬場を訪れたことがない。岩手でトウケイニセイが待っている。ライブリマウントは戦いに出向いた。おれは行かなかった。
 おれは今でも後悔している。おのれの出不精さ、吝嗇さに打ち克って、北関東競馬をこの目で見ておくべきだったと。おれはベラミロードをこの目で見たが、ベラミロードの競馬場を知らない。及川サトルの名調子で「ガソリン満タン」と紹介されたテンリットルの競馬場を知らない。おれに旭川や上山、益田に行けというのは無理がある。ただ、北関東ならどうにかなったんじゃないのか。そういう思いはある。
 この本は、廃止された競馬場の廃墟写真たちから始まる。そして、かつての別冊宝島競馬読本のような名馬のエピソード、名勝負のエピソード、最後に、今も頑張っている地方競馬場の紹介……。
 競馬場にゃ、行かなきゃならん。いつまでもあると思うな、だ。とはいえ、おれには先立つものがない。片道切符で新幹線に乗って、馬券で稼いでグリーン車で帰ってやろうという勇気もない。しかし、馬券、買わなきゃなあ。まあ、なにやら昨年度地方競馬売上はやや回復したというが、それでもだ。

(p.83/1984年6月6日付日刊スポーツより)
 ああ、しかし、いくつか掲載されている昔の馬柱というのはすばらしい。成績結果よりも夢がある。もうそれぞれのレースは終わってしまい、過去のものだ。その過去の記憶すら忘れられようとしている。しかし、出馬表はどうだろうか。もう終わっているのに、まだ始まっていないような気にさせてくれる。まだ起こっていない歴史と、終わってしまった歴史を両方収容しているようだ。本書では、廃競馬場に存在した競馬新聞も紹介されているが、願わくばそれらがどこかにすべて保存されていますように。おれはいろいろあって多くの競馬新聞を処分してしまった。そんなおれだからこそ、そう思う。