『かなざわいっせいさんの仕事』を読み涙する

 

かなざわいっせいさんの仕事

かなざわいっせいさんの仕事

 

おれの競馬の初めには、別冊宝島競馬読本があった。

ついてこられない人間は置き去りにする。

別冊宝島競馬読本は、ムックであった。多数の著者が、それぞれ一頭の馬についてコラムを書く、というのが基本的な形であった。おれは別冊宝島競馬読本によって、馬柱の父や母父にある名前の馬のことを知っていった。

おれはスティールキャスト菊花賞の実況から、母プリテイキャストの存在を知り、競馬に魂を捧げるようになった人間である。おれの競馬は過去の追憶から始まった。そして、過去の名馬も迷馬も別冊宝島のなかで見つけた。

別冊宝島にはたくさんの著者がいた。とうぜん、自分好みの書き手というものが出てくる。読む前から、これは当たりだな、という感じだ。川上悦夫牧場専属夏季限定牧夫かなざわいっせいは「当たり」の著者だった。

とはいえ、おれは「競馬ブック」での長期連載を知らない。おれは「競馬ブック」を買ったことがない。横組みの馬柱が苦手だったからだ。おれが買うのは清水成駿の「1馬」だった。清水成駿が亡くなってからしばらく経つ。

かなざわいっせいが亡くなったのは令和2年3月5日だという。おれがそれを知ったのはずいぶんあとだった。この『かなざわいっせいさんの仕事』という本の存在を知らなかったら、気づかなかったかもしれない。

この本の製作委員会の代表は小檜山悟調教師である。小檜山師が調教助手だったころ、育成牧場に務めるかなざわいっせいと出会ったということである。かなざわいっせいの本棚に共感を覚え、一時は居候という形で小檜山師の家に住んでいたということもある。競馬ライターとしてのデビューにも尽力した。

 「『第100回のダービーをいっしょに見に行こう』って約束したじゃないか。自分だけ先に逝っちゃって。おまえ、ずるいじゃないか…」

 遺影に語りかける。ただただ悔しい。泉下からダービーを見るという話ではなかったはずだ。

 あちらの世界にも競馬はあるのだろうか? 亡くなった名馬たちが時代を超えて走っているかもしれない。もしそうなら、いっせいは生前見つけた馬券術を駆使し、コキコキに冷えた缶ビールを飲みながら、馬券を買い続けているに違いない。

小檜山悟

この本には、『優駿』でデビューしたころのかなざわいっせいのエッセイもおさめられている。競馬読本のようなコメディタッチではない。「アンフィニィ」。川上悦夫牧場の馬。馬主は柴原榮。

 夢のなかでも、ダービーだけは、そう簡単に勝てないレースなのだ。

 柴原榮さんは、川上悦夫さんが生産した馬でダービーを勝ちたいと夢を見ているにちがいない。私は、その馬がお前の子でありますようにと、毎年夏になると川上悦夫牧場へゆき、アンフィニィの背中をブラシで撫でている。アンフィニィは、ブラシをかけるといつも迷惑そうな目で私をにらみつける。

 

アンフィニィ | 競走馬データ - netkeiba.com

おれはアンフィニィの子を知っている。「リヴリアの狂気」マイヨジョンヌ。馬主は柴原榮。

柴原榮から検索をかける。こんな馬名が出てくる。

トーラスジェミニ | 競走馬データ - netkeiba.com

トーラスジェミニ。調教師は小檜山悟。馬主は柴原榮。生産は川上牧場。ついこないだのディセンバーステークスを逃げ切った。ええい、先にこの本が出ていれば、ガロアクリークからの馬券なんぞ買わなかったのに……!

と、話が現在の競馬に逸れた。かなざわいっせいの話をするか。捨てられたハズレ馬券から買った人間(負けた人間)のプロフィールをプロファイリングする「谷川弘虫」。これはどうもかなざわいっせいの別名らしい。おれはこの企画が好きで、単行本も買った。そうか、かなざわいっせいの一人仕事だったのか。いまさらにそう思う。

たとえば。「別冊宝島143競馬名馬読本」では、かなざわいっせい名義で5本、谷川名義で2本掲載されている。別冊宝島は一本いくらではなく、印税方式だったらしい。ほかに見られる名前に須田鷹雄(学生馬券師の肩書)や中田潤山本隆司ターザン山本)、丹下日出夫なんて名前が並んでいる。個人となった成沢大輔の名前もある。

おれは『かなざわいっせいさんの仕事』を読んで、押し入れの奥からこの本を引っ張り出して、何編か読んで、涙が止まらなくなった。ああ、おれの競馬はここにあるのだな。現在進行形で見ている競馬で泣けるだろうか。泣こうじゃないか。そう思った。それにしても、トーラスジェミニは買いたかったよな。え、今度の有馬記念で除外待ち二番手? 出てきたら、ちょっぴり単勝を買おう。それじゃ。

あ、かなざわいっせいさんの仕事は、『かなざわいっせいさんの仕事』を読んで、存分に楽しんでください。競馬ファンなら、なんか琴線に触れるはずだ、たぶん。