ものすごく人間がくさいということは技術によって解決しよう

昼休み、ずったらずったら100円ローソンに昼飯を買いに行くいきなりの梅雨の谷間は陽射しが強い。300円(税抜き)でどういう構成にしようか思うて店に入ってガツンと脳に来たのが強烈な人間の発する悪臭であった。もとよりここは寿町の近く、とはいえこれほど強烈な悪臭はひさびさに感じるものであった。本当に強い人間の悪臭というのは歩行者信号待ちで斜め向こうに発生源の人が立っていたとしてもガツンと来るものだと、おれは寿町近くにきて初めて知ったことだが、そういう強さであった。

とはいえ、店の中のだれがそのにおいを発しているかがわからない。一つにはにおいが強すぎてどちらから流れてきているのかわからないことと、もう一つはひと目見てそれとわかるような人がいなかったことである。ひょっとすると、これは残り香ではないか香という字を使いたくはないが、残り香ではないかとも思うた。

おれは食欲などすっかり吹き飛んでしまい、口呼吸で適当に生野菜を刻んだものとなにかを持ってレジに行った、レジあたりならと思って鼻で呼吸してみたら、やはりにおいは強いのであった。おれは支払いを済ませて外に出て、ようやく楽に呼吸が出来た、通り過ぎるダンプカーの排気ガスのほうがましだと感じるのはヒトの進化途上における縄張りを巡るにおいに対するある種の敏感さの名残りなのかどうかは知らぬ。

おれはことさらに悪臭の発生源となった人物を責め立てようという気にはならない。なにか事情があって家がなく外で暮らし、水浴びもできぬのかもしれぬし、なにか精神疾患でもあって自分の体臭というものが気にならず、あるいは清潔を拒否しているのかもしれぬ。おれとていつ家を失うかわからないし、精神疾患ならべつのを発症している、といって、同情するほど広い心の持ち主でもなく、ただ単に「くさい人間がいたのだな」と思うくらいのことである。

同様に、そのにおいをどうかしなかった店を責めることもできないだろう。入ってきた瞬間に「くさいから出て行け」などと言うこともできないだろうし、お金を払って商品を買う、あるいは買わずとも目当ての品がないか探す、それとて正当なことであろう。昭和のヤクザの地上げの嫌がらせでもあるまい、わざと悪臭を撒き散らして営業を妨害するでもなければ、お客様として接するほかないだろう。そして、そのお客様が店を出たところで、飲食物も扱う店、いくら安全といってもファブリーズなどを使うわけにもいかないだろうし、香をたくわけにもいくまい。逆にいまどき、「化学物質を振りまくな!」というクレームをうけるかもしれない。ただ、無言で我慢するしかないのである。

むろん、ひとときの我慢ですべてがおさまる話ではある。とはいえ、人間いうものひとときの我慢を我慢できないから、畑を耕すようになったり、橋や東京スカイツリーを立てるようになったのであって、これもひとときの我慢、眉間にシワ寄せて鼻呼吸を止める以外の方法を探ってもいいのではないかという思いはある。

ここで皆様の頭に浮かんだのは、悪臭の発生源になった人物へのアプローチかもしれない。富の再配分によって人間的な生活をだれもが送れるようにするべきだ。あるいは、福祉と精神治療によって清潔を保てるようにケアするべきだ。

おそらくはどちらも誤りではないように思うが、おれはべつのことを考えた。あまりよくない頭で考えた。それは、受け手の方で対応するということだ。それは我慢と違うのか? 違う。悪臭と感じた途端に嗅覚のスイッチをオフにできるようになればいいということだ。要は、嗅覚を機械的にオフにできるようになればいいということだ。そのようなダーウィン進化を待てとはいわぬ、人体を改造してしまえばよい。そちらのほうが早いし確実だろう。

そのような妄想の機能を敷衍させれば、五感いうものを自在にコントロールできるようになる。道端の吐瀉物のような、見たくないものには即座にモザイクをかけられる。薄いアパートの壁の向こうから聞こえてくる隣人の下手くそ歌声もカットできる。アマージなしで偏頭痛の痛みもカットできるかもしれない。人間、電脳化、機械化して、そのようになったほうがよろしい。

言うまでもないが、人間が不快感を感じるということは、たまたまそれを危険と察することができたので生き延び、種を残すことができたという、適者生存によるものである。

もっと短期的な視点でいえば、熱さを感じなくて、ガスコンロの火が服に燃え移ったことに気づかずに死んでしまうだとか、一刻も早く開腹手術が必要な病気をやり過ごして死んでしまうこともあるだろう。

が、そのあたりも優秀なAIに頼ればよろしい。自動運転に毛の生えたような技術だろう。そうして、そのような五感の不快を滅(≒コントロール。仏典の「滅」は元のパーリ語では「コントロール」にあたる言葉である)することにより、より人間ならではの思索や妄想に耽ることができるというものだろう。どんな高等な思索だって? たとえば300円(税抜き)でどのような昼飯を食うかとか、そんなことだ。

まだ人間には技術が足りない。技術の良し悪しを論ずるに値するだけの、技術の進歩が足りない。上階の水漏れで一部がくらいオフィスに戻る。おれはにおいのことなど忘れて、安い飯を食う。

 

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