山形浩生による「訳者解説」から引用する。
本書については、紹介が一言で済んでしまう。世の中、百年単位で見ればあらゆる面でよくなっている、ということだ。
食べ物も増え、それにより水も衛生設備もぐっと普及し、寿命も延び、健康になり、豊かさもまし、平和も自由も平等も促進されている。あらゆる面で、現代はすばらしい時代になっている。
本書はこれを各種のデータやエピソードで補ってきちんと説明したものだ。
というわけで、おれもこれになにかを足す言葉を見つけられない。20世紀で最も重要な技術発明はハーバー=ボッシュ法だったかもしれない。あのセリーヌが博士論文にしたイグナーツ・ゼンメルヴァイスのような人たちの発見もあった。ノーマン・ボーローグは笹川良一の財団の助けもあって緑の革命を起こした。モーリス・ヒルマン(モーリス・ハイルマン)はたくさんのワクチンを作った。10万人あたりの殺人件数は下がり続ける一方だ。貧困国とされる国でも識字率は上がる一方だ。
それでも、先進国の、それなりに学のある人間は「世界は悪くなっている」という認識を持っている。ランダムで答えるよりも「世界は悪くなっている」という選択肢を選んでしまう。
それはなぜか? それは、大分合同新聞の「ミニ事件簿」のようなニュースに大勢の人は関心を寄せず、より悲惨な、より悲観的な、よりむごたらしいニュースに注目してしまうからだ。
というわけで、こういった「楽観本」は、スティーブン・ピンカーやマット・リドレーなど、おれが名前を知っている人も書いているらしい。そして、なにより、この本が売れているのだろう。
FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣
- 作者: ハンス・ロスリング,オーラ・ロスリング,アンナ・ロスリング・ロンランド,上杉周作,関美和
- 出版社/メーカー: 日経BP
- 発売日: 2019/01/11
- メディア: 単行本
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よくしらないが、おそらく、たぶん、おれが読んだヨハン・ノルベリの『進歩』と同じようなことが書いてあるのだろうと思う。
というわけで、ともかく、山形浩生の「訳者解説」にあるとおりだと思えば、本を手にする必要もないだろう。世界はおおよそ良くなっている。良い方向にきている。ずいぶんよくなった。世界つえー。それでいい。
いいのだけれど、そのすばらしい世界のとりわけ安全や衛生面でかなりいい位置にいるであろう国にいて、今日の午前中も風邪と精神疾患からくる鉛様麻痺で動けなかったおれ、今日は飯が食えて、明日も、来週も食えるが、半年後はわからないというおれ、おれはなんなんだ。統計図の極端な点。上下カットされる下の点、そういうものだろう。そのような人間は、暗いニュースを見て、馬券を外し、やけ酒を飲んで、シオランのあアフォリズムに浸る。まったく、進歩前の人間に比べたら、相当に贅沢な話だろう。
もしノアが未来を読みとる才能に恵まれていたなら、間違いなくかれは方舟の底に孔を穿けて自沈していたにちがいない。
シオラン『苦渋の三段論法』