おれは十年も前にこんなことを書いていた。
俺はボクサーになれるとしたらサーシャ・バクティンになりたいし、ギタリストになれるとしたらバーナード・バトラー、将棋棋士になれるなら久保利明になりたいのだけれど、俺が、ロックバンドになれるとしたら、チャットモンチーになりたい!
サーシャ・バクティンやバーナード・バトラー、チャットモンチーはとりあえず置いておく。おれが「なりたい」とまで思った棋士は久保利明である。
久保利明。数少ない振り飛車党。さばきのアーティスト。少々無理があるところからも、飛車をさばいて勝ち切る。一方で、粘り強さも定評がある。左利き。おれはすっごくかっこいいと思った。思っている。
おれは20年くらい将棋をみることから離れていた。20年経って、インターネット観戦という環境を得て、また、藤井聡太ブームによって将棋に戻ってきた。先日も順位戦の糸谷哲郎vs羽生善治を買ったばかりのテレビにAbema TVを映して観戦した(おれはもちろんオールドなファンなので羽生を応援したが、糸谷に押しつぶされてしまった)。
で、今日は王座戦をみた。永瀬拓矢王座vs久保利明九段。おれはもちろん久保を応援する。おれがみていなかった20年の間に久保はいくつものタイトルを獲っていた。とはいえ、今や若手に突き上げられる立場でもある。
しかし、久保の素晴らしく飛車が放たれ、永瀬軍曹を切って捨てる……。というのは夢だった。110手目、6一から6七に飛び込んだ飛車。いや、おれもそうじゃないかと思っていたんだ。一方で、2二角で盤面の斜めのラインを制圧する永瀬。さあどうなる。118手目の5八とも、それだよなって感じだ。
……結果は久保九段の負けだった。まあ、棋力のない素人が「それだよな」とか思っていてはあかんのかもしれない。永瀬王座の穴熊はがっちがちで、さばいて切れるほど甘くはなかった。むむむ……。とはいえ、まだ緒戦だ。これからの巻き返しを願う。
スポーツ雑誌「Number」のインタビューではこう語っていた。
「ファンの人に楽しんでもらいたいというのが一番ですね。居飛車の将棋ばかりでは詰まらない。振り飛車でタイトルを獲って欲しいとよく言われて、そこに自分の存在意義がある、と。」
「最近は、競馬の差し馬のイメージで指しています。最初は先に行かせて、後方のいい位置で見ながら、最後はタイミングよく抜き去る。今、ソフトは序盤の道筋を教えてくれている。でも、本当の勝負はそこからです。終盤力はもちろん、中盤の正確な個性のある人が強い。まあ、居飛車をやろうが、振り飛車をやろうが、何をやろうが、勝つのは中終盤に強い人間ですよ」
王座戦本局も、久保は駒組みが終わった後、相手の出方を待った。今回はうまく行かなかった。が、さばきのアーティスト、ねばりのアーティストが永瀬拓矢を差し切るシーンを、おれは楽しみにしている。
※ちなみに、おれが将棋アプリで用いるのはほとんど金矢倉か菊水矢倉です。