JR石川町の駅は、川によって分断された駅である。北口は寿地区にあり、南口は元町商店街にある。JRとしては「北口は中華街にある」と言ってほしいところだろうが、まあどうでもよろしい。
その北口に、へばりつくように店ができた。カレー屋である。日乃屋カレーというチェーン店である。「こんなところにカレー屋が」とおれは思った。
調べてみると、日本的なカレーの店のようだ。そして、メニューを見て、「上代メンチカツカレー」というのが気になった。メンチカツカレー。おいしそうではないか。おれはメンチカツカレーを食べたい、そう思うようになった。
いつもとは違う道を通って、図書館に行こう。その途中で、メンチカツカレーを食べよう。
おれはそう思った。おれはこのようなことを、気軽に思いついて実行するということはない。「今日こそは、石川町北口を経由して、メンチカツカレーを食い、図書館に行くのだ」という、かなり強い意志と決断を必要とする。このような人間が、もっと大きな人生のイベント、もっと重要な意志と決断を必要とすることは不可能に近い。
意を決しておれは日乃屋カレーに入った。券売機で「店内」を選び、「名代上メンチカツカレー」を押す。ご飯の量は大盛り、普通、七割から選べる。まあ、とりあえずは「普通」だろう。と、そこに店員さんがやってきて、「店内ですか? テイクアウトですか?」と聞いてきたので、「店内です」と答えた。「お好きな席へどうぞ」。
午後二時過ぎ。店内には先客二名。テーブル席に一人。カウンター席の端に一人。おれはカウンター席のもう一方の片隅に坐った。店員さんがやってきて、水が運ばれてきて、食券の半分をちぎって持っていった。
まつことしばらく。メンチカツカレーが運ばれてきた。メンチカツはルーに覆われて見えない。しかし、スプーンで押してみれば、サクッとした揚げたての衣の感触。そのままぐいっと切断してみれば、肉汁があふれる。これだよこれ、これがメンチカツよな。
おれはうれしくなった。おれはスーパーの惣菜で値引きシールのはられたメンチカツを買うことはあっても、揚げたてのメンチカツを食うことはない。いつ以来だろう? おれは嬉しくなってメンチカツを食べた。美味しい。揚げたてで、ルーもかかっているのに、熱すすぎて火傷するということもない。ちょうどいい。ちょうどいいメンチカツだ。カツカレーでもなく、エビフライカレーでもなく、メンチカツにしたのは正解だったな、と思う。
メンチカツの量も満足いくものだった。ルーと、ご飯の量もちょうどいいくらいだろう。ともかく、おれは揚げたてのメンチカツが嬉しくて、メンチカツ美味しいなと、そればかり思った。
だがちょっと待ってほしい。おれが食べているのはメンチカツカレーである。カレーだ。カレーが本体といっていい。が、まあ、カレールーについては、なんというか普通のカレーだった。いや、まあ、この八百円以上の、日本的カレーとしては、普通ということだ。また、揚げたてのメンチカツが食べたくなったら再訪することもあるだろう。
松影町の交差点からなんとなく寿町の方に入る。あいかわらず自転車の街である。
道を渡る。なんか建設中である。
地下駐輪場。おれはイヤホンでCreepy Nutsの「かつて天才だった俺たちへ」の「ラジオ盤」を聞いていた。
ラジオ部分が笑ってしまうほど面白いが、今はマスクの季節である。
緊急事態宣言の延長。休業した方がいいという店もあるだろう。一日六万円。おれは飲食店に勤めたことがないので、どのていどのものなのか想像できない。大きな店、中くらいの店、小さな店。
図書館では一冊本を返し、一冊本を借りた。借りる本の目当てがないので、わりと時間をかけた。ほかに借りている本があるので、借りられるのは一冊だ。これだけの本棚から一冊。なかなか迷うところではあった。結局おれは、未知の作家の本ではなく、中学時代から慣れ親しんだ作家の本を借りた。
晴れた日であった。おれは自転車の数を数えていた。
中華街など、お客さんの入りはどうなっているのだろうか?
関内、あるいは関外に新しい大学のキャンパスもできる。そのころまでおれはここに要られるだろうか。たまにメンチカツカレーを食えるくらいでいるだろうか。それはわからない。
今日は晴れていた。
真冬の服装では、少し暑いくらいでもあった。
そしておれは、メンチカツカレーを食べた。