山際淳司『空が見ていた』を読む

 背番号<29>をつけたピッチャーがマウンドに立っている。

 次のバッターを迎えるところだった。ロージンに手を伸ばす。そしてバッターを見る。いつものしぐさだ。その評定はさきほどまでと変わらない。変わらないが、しかし、彼の心の中でぽっと燃あがるものがあった。そのことには恐らく誰も気づいていない。バッテリーを組んでいるキャッチャーにもわからなかっただろう。

 何の変哲もないシチュエーションなのだ。

 ゲームの決着はもうついていた。スコアは9-3。9回表、リードしている阪急の攻撃である。阪急はその裏のロッテの攻撃を抑えればそれでいいのだ。

 川崎球場のロッテVS阪急戦だった。この三連戦、最初の二つのゲームでロッテが勝った。この日もロッテが勝てば、首位をひた走る阪急とのゲーム差は4.5にちぢまる。ロッテにとっては大事な一戦だったが、スコアはすでに6点の差がついている。阪急のマウンドを守っているのはエースの今井雄太郎。逆転はむずかしい。

 すべてはもう、終わってしまったのだ。ロッテの稲尾監督はこのゲームの終了後、ペナントレースの事実上の敗北宣言ともとれる発言をした。ついに勝てなかったか、と。八四年のシーズン終盤のことである。

 最終回、敗戦処理のような形で登板したピッチャーだけはちがった。彼はゲームとは別の、もう一つの<勝負>に出ようとしている。

 背番号<29>をつけたピッチャーの名前は村田兆治。三四歳。ベテランだが、しかし、彼は本来ならば敗戦濃厚な場面で起用されるピッチャーではない。

「カムバック」

 

図書館の本棚の、「あれ?」と思う場所に山際淳司がいた。なんの棚かは覚えていないが、「なぜこんなところに?」と思った。図書館の人が間違えて差し込んだのかもしれないし、いい加減なお客さんが適当な棚に突っ込んだのかもしれない。ともかく、「あれ?」と思ったついでに手にとった。立ったままプロローグの角三男(角盈男)の満塁押し出しのエピソードを読む。読んだことがあるかもしれないし、ないかもしれない。とりあえず借りた。

そして、上の「カムバック」だ。少々長く引用してしまったが、どうだろうか。「背番号<29>をつけたピッチャーがマウンドに立っている」から始まり、クローズアップした描写から、だんだんとその背景を描き、時間も行ったり来たりして、最後にまた背番号<29>に戻る。見事だな、と思う。

そんな書き手による、さまざまのスポーツの「サイコ・ドラマ」(古い文庫本の紹介文にはこうあった。「サイコ」の意味が悪い意味を帯びてきたのはいつからだろうか? ヒッチコックの映画はもっと昔だ)である。おれは野球を知っているし、村田兆治も知っているから、とくにここを引用してみたが、どうだろう、バイクレース、棒高跳び、アメフト、テニスと、よくしらないスポーツにもぐいぐい引き込まれる。

とはいえ、やはりおれは昭和の野球好きなので、日本シリーズ東尾修原辰徳の内角をえぐった話や、池田高校の蔦監督が「私はしごきは嫌いです。精神論も嫌いじゃ」というところとか(そして、金属バットで革命が起こると考え、筋トレを導入した)、読みどころは多い。オリンピックの洪水に飽きてきた人は、ちょっとばかり本の中のスポーツに逃げてみてもいいんじゃないだろうか。