寄稿いたしました。
非常にエキサイティングな『親鸞と日本主義』という本を読みました。これは本当にエキサイトするので、ぜひお読み下さい。
いや、そうだったの、日蓮じゃなくて親鸞の思想がね、日本主義へ、超国家主義へとつながっていった、そんな面もあるのか。そして、その源流にあるのは……。これは燃えますよ。
でもねえ、政治と宗教といえば、まあ最近の旧統一教会問題とかになると思うんだけど、スケールが小せえよ。原理日本の行き着く先は、世界が全部ねえ、親鸞の思想のもとに、溶け合うような世界よ? 人類補完計画よ?
それでさあ、革新右翼たちの信奉する日蓮宗にしても同じことよ。日蓮大聖人の折伏を世界に広めるのよ。あの宮沢賢治が非常に影響を受けたというか、帰依していたといってもいい国柱会の田中智學なんか「八紘一宇」って言葉つくったんよ。三保の松原に「宗都」をぶったてて、世界中の王様や大統領が最勝閣を訪れるのを夢見たんよ。
世界征服だよ、世界征服。いや、征服なんて下品な言葉使っちゃいけねえな、世界人類が教えに感服して、国家の境なんてなくなって、それこそ超国家よ。
それに比べたら……いや、文鮮明とかマザームーンとかも同じこと考えてた? わからん。わからんが、日本の右翼は、そこまで行け、ウルトラだ、シン・超国家主義だ。海外のキリスト教だかなんだかわからん教えに負けるな、弥陀の本願だ、折伏だ、ワーキャー。
……はい、おれがぜんぜん触れていないものがありますね。というか、なんで触れないの? ということになりますが、神道、国家神道でございますね。そっちが宗教と日本主義ではメーンだろ、という話です。はい、これはおれの勉強不足というか、「親鸞と日本主義」という響きに比べるとあまりエキサイトしない。現実的には神道日本だったんですがね。日蓮の方もあまり興味がないといえば興味がないけれど、北一輝に食らいつくにはやはり法華は必要ですかね。まあ、そのあたりは、とくに神道はいつか。
ただ、折口信夫が「戦後、神道は宗教になれなかった」みたいなこと言ってて、なんか関心が持てないのよな。
ああ、それとね、なんかあの寄稿文の最後が唐突だと自分でも思うんだが、いろいろな思想家、宗教者、評論家のね、略歴と言うか、足跡を追っていると、みなね、悩んで大きくなったのよ。ニーチェかサルトルか、いや、デカンショ(デカルト、カント、ショーペンハウエルね)か。そこのところの、若さと懸命さと苦悩とね、そのあたりなんよ。なんかね、戦争なんてみんな意識を失って空っぽになったから、あんなんなったっていうね、そういう側面もあるけれど、著者の中島さんなんかは、むしろ、明治以来の自意識過剰がいろいろこじれてこうなったっていうのよ。でもね、やっぱり人間、生きていたらこじれるでしょ。え、こじれない? うーん、そりゃいいな。おれはどちらかというと無い頭しぼってこじれちゃうほうだから、危ない。
そうだ、おれもご用心だ。こんなこと書きながら、なにか未知の新宗教に帰依しているのかもしれんぜ。ボコノン教や空飛ぶスパゲッティ・モンスター教みたいなのとはかぎらない。有料オンライン除霊とかやりはじめるぞ。警戒、警戒!
でも、お恵みはいくらでも受け付けています。どうせなら、おれに寄付せよ。
関係ないけどエドワード・ホッパーが描いたF-22。