メンデレーエフ、ベリヤ、アゼフ……ロシア人たちについて少し

またまた寄稿いたしました。

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プーチンのロシアにおいて、どうも見かけなくなってしまった大酒飲みのロシア人についての話。ロシアのアネクドートとかもいくつか入ってておもしろいと思うんで、ぜひ読んでください。

で、大酒飲みのロシア人を見かけなくなってしまったって、べつにおれはロシアをうろついているわけじゃないんだけど。ただ、報道とかでも、「戦争なんて知らない、ウオッカだ!」みたいなやつは伝えられない。いないはずがないと思うんだけどな。ただ、上の記事に書いたように、プーチン政権下でロシア人は真面目になって飲酒量もずいぶん減ったらしい。あまり真面目なのもよくないかもしれない。

して、記事に書ききれなかった(あまり関係ない)ロシア人の話。

 

メンデレーエフの話

 

 

ところで、この本には何箇所か「ウオッカを40度と定めたのは水兵リーベの元素周期表のメンデレーエフ博士なのである」というような記述があった。おれはそういうものかと思ったが、上の記事を書くのにあたってウオッカのことなど調べてみたら、こんな記述を見つけた。

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度量衡局長となったメンデレーエフが、ウォッカの製造技術の標準化に携わり、「ウォッカはアルコールを40%含む」と規定されるきっかけを作ったとする話が伝わっている。実際には、度量衡局でそのような規定を定めた事実はない。また、ウォッカに関する規定は1843年には設けられており、当時9歳のメンデレーエフが関わる余地はなかった。 

なんや、違ったのか。このあたり、どこが出どころなんだろう。酔ったロシア人が幻でも見たのだろうか。でも、米原万里さんは信じていたのだから、相当に広まっている話なのだろう。

 

ベリヤの話

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おれがロシアの歴史のなかで一番好きな……というと語弊があるが、興味深いと思う人物はラヴレンチー・ベリヤだ。スターリンがヒトラーに「うちのヒムラーです」と紹介したとかしないとか言われる人物だ。粛清の時代の秘密警察の長で、ソ連の最高権力者まであと一歩のところまで行った。その上、連続強姦魔と言われている。スターリンがごくごく一部で再評価されようと、ベリヤはどうやっても再評価がなされない悪漢だ。

おれはベリヤについて、日本で読める二冊の本を読んだ。

goldhead.hatenablog.com

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で、Wikipediaのベリヤの項目を読むと、ベリヤの息子による評伝があるらしい。これが、邦訳されていないのである。

これを米原万里がロシアで手に入れて読んだという話が、この本に載っていた。

 

ネフスキー大通りの古書店で八年前に初版が出たセルゴ・ベリヤ著『僕の父はラヴレンチィ・ベリヤ』(邦訳なし)を発見。これも前から読みたかった本。スターリン時代最大の悪役の息子が長年の沈黙を破ったのだから、面白くないはずがない。

 

読みたいじゃん。で、この息子によるベリヤ像はもちろん上の二冊とは違う。ちなみに、著者によればネクラーソフの『ベリヤ―スターリンに仕えた死刑執行人』の方がバランスがとれ、信頼がおけると書いている。

 

で、息子はどんなことを語ったのか。

 

家族想いで物静かだったという父親に対する弾劾や非難の根拠に技術者らしく淡々と事実を示して反論していくのだが、なかなか説得力がある。たしかに粛清最盛期で最も犠牲者の多かった三七、三八年の内務人民委員会長官はエジョフ、ベリヤはその後に就任して行き過ぎの緩和には努めたと言えなくもない。「国家と党と指導部の集団責任となるべき権力犯罪と人権侵害を父一人になすりつけたのではないのか、あれは個人ではなく体制の犯罪だ」という言葉には一分の理がある。さらに息子は父親の連続少女強姦説を完全否定し、「粛清の犠牲者の苦しみを軽減するよう最大限尽くした」と主張する。

へー。まあしかし、エジョフはエジョフで悪名をとどろかせているしな。で、米原さんは『夫ブハーリンの思い出』という本のなかで、著者が直接ベリヤに尋問を受けた場面を読み返す。そのベリヤは紳士的で思いやりにあふれている、そうだ。

 

米原さんは「性格破綻者のベリヤよりも、結構まともなベリヤが残虐非道な弾圧を実行していったというバージョンの方が真実に近いような気がするし、その方がはるかに怖い」と書く。いずれにせよ、藪の中だ。これ以上、当時の記録が出てくることもないだろう。

 

しかし、やっぱり結構まともなのは怖いのだ。この世はウオッカが足りない。今のロシア人、アル中のエリツィンと戦争遂行者のプーチンのどちらを好むのだろうか。今、ロシア人はなにを感じて生きているのだろうか。ウクライナ戦争が終結したのち、その声を聞いてみたいものだ。

 

アゼフの話

あと、ロシア人で興味深いといえばエヴノ・アゼフを忘れちゃいけない。

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あ、アゼフってこないだ話題になったロストフ・ナ・ドヌーの出身だったのか。まあいい。アゼフは帝政ロシアの秘密警察のスパイとして社会革命党戦闘団の設立に関わり、内務大臣のプレーヴェやモスクワ提督のセルゲイ大公などの暗殺に成功しているのである。むちゃくちゃなやつだ。話もむちゃくちゃ面白い。

goldhead.hatenablog.com

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ああ、そういえば、おれはけっこうロシア人の書いたものを読んでいたのだな。サヴィンコフとかフルシチョフ自伝とか。ロシア語を学ぼうとは思わないが、ベリヤの息子の本は読んでみたいかな。

 

以上。