クマのいる街角(塩のスープと黒パン)

おれは有隣堂のあたりをずったらずったら歩く。イセザキモールの終着点まで歩く。また関内駅にもどってくる。それだけのことだ。それだけのことだが、いつもおれはイセザキモールを見失い、帰ることができない。しかし、今日はなんか、できるような気がする。今日は、なんか。

 

磯丸水産の交差点まできた。とつじょ目の前に大きなクマが一頭現れた。このところクマが街に出没すると聞いていたが、横浜もはじまったものだ。おれはバッグからデザートイーグルを取り出して、クマの頭に狙いを定めた。0.54インチ弾なら、クマの頭蓋骨を貫通できるだろうか。

 

と、そのとき、クマが立ち上がり、顔の前で前足を振った。

 

「ちょっとお待ち下さい、わたしはあのとき助けてもらったクマです。危害は加えませんので、銃をおろしてください」

 

おれは銃を構えたまま言った。

 

「おれは人生でクマを助けたことはない。だいたい、助けた動物は美女にでもなって訪ねてくるのが筋ってものじゃないかね」

 

クマは動じるふうでもなく言葉を返す。

 

「あなたさまは直接お知りではないのはわかっております。ただ、海辺の施設を覚えておいででしょう? あの施設から、わたしはドングリをいただいておりましたもので」

 

……海辺の施設。おれは昔、そこにいた。そこでおれはドングリを拾う仕事をしていた。朝の十時ごろ目を覚まし、森や、海岸へ行く。日が暮れるころまでドングリを拾う。夜、拾ったドングリを施設に届ける。すると、薄い塩のスープと固い黒パンに交換してくるのだ。いつから始まって、いつ終わったかも覚えていない。おれは昔、そこにいた。

 

「……あなたたちが集めたドングリは、わたしたちの食糧になっていたのです。その感謝を伝えにきたのです」

 

おれは銃口をクマの頭からそらさなかった。

 

「残念だが、おまえはおれの嫌なものを思い出させた。悪いが、報いをうけてくれ」

 

バン! バン! と、大口径拳銃の発砲音。この距離で外すはずがない。

 

やったか?

 

「……申し訳ありません。拳銃でわたしどもを殺すことはできません。まあ、わたしは言いたいことを言えたので、これで満足です。それでは失礼します。このあと清正公通りで飲む予定がありますので」

 

そう言うと、クマは四足歩行で去っていった。

 

おれはデザートイーグルをバッグにしまいこんだ。そしてまた、イセザキモールの終着点に向かって歩きはじめた。ずったらずったら、足を引きずりながら、ゆっくりと、一歩、また一歩。今日はなんか、行けるような気がする。今日は、なんか。