トゥルース、トゥルース、ニュー・ワールド、ノット・マシーン、ニュー・エラ

「お巡りさん! コウガイです! 助けて下さい!」

ぼくは交番に飛び込んで言った。

しかし、お巡りさんはいなかった。テーブルの上に固定電話が置いてある。「現在外出中です。この電話で連絡して下さい」という紙が置いてあった。

ぼくは受話器を取った。ボタンを押すと、すぐに呼び出し音が鳴った。

「はい、こちら山手警察署。どういたしましたか?」

「コウガイです、大変なんです!」

「はい? コウガイ、どういったコウガイですか? 工場からなにか流れているとか……?」

「違います、その公害じゃない、香りの害で香害ですよ! ちくしょう、お巡りってやつは、そんなこともしらないのか!」

「えー、じゃあ、その香害が、そのどうしましたか?」

「あのですね、匂いがひどいんですよ。耐えられない、もう無理だ! こんなの許されると思いますか、お巡りさん!」

「落ち着いて下さい、どのような状況ですか?」

「新しい、整髪料を買ったんですよ! ちょっと高いの! それを初めて使ったんですよ! 最初、だから! 適量が! わからない! なので、ちょっと多めになった! なので、頭がカチカチですよ、今? カチカチ頭だ。カチカチ頭野郎になってしまった!」

「ちょっと話が見えないんですが」

「つけすぎたんだ、神さま! 整髪料のつけすぎだ! おまけに、匂いがきついんだ! Amazonのね、セールで買ったから! 通販だったから! 匂いなんてわからない! デジタルの弊害ですよ、みんな、実際の色も、質感も、匂いもわからないで、ものを買おうとする! ものっていうのは、情報じゃないんだ! だからもう、人間の心もボロボロになってしまって、おれの頭は、きつい、なんだかわからない匂いがしている! 一日中だ! 許されると思っているのか!」

「あのですね、そういう話は、そのメーカーなどに相談してですね、警察というのはそういう話をするところではありません」

「香害問題を馬鹿にするのか、耐えられないんだよ! 人間が困っていて人が助けない。助けようともしない! あなたは、警察官としてね、いやね、市民を守る立場だ。でもね、それ以前に人間でしょう。人間の心はどこにあるんですか? 心は人それぞれの胸の中にあるわけじゃない、人と人との間に生じるものなんだ。あなたとぼくの間に心がない。あなた、ひょっとしてデジタルですか? ……あ、そうだ、電話の向こうに人なんていないんだ! おまえ、AIだろ! もう、この国はAIに支配されているんだ。ディープステートの陰謀がここまでとは思わなかった。ちくしょう、ぼくはこんな話を交番でしてしまって、一生追われる身だ……。でも、仲間は世界中にいる。ネットには正しいことが書かれている。大メディアなんて、しょせんはディープステートの手先なんだ。いま、世界中で人が殺し合っている。おかしいと思っていたんだ。全部、ディープステートのせいだ。中日がドラフトで二遊間ばかりとるのも、普通じゃないと思っていた。全部つながっている……。そうか、この整髪料もナノマシンで、ぼくの頭をディープステート側につかせようとする陰謀なんだ。ああ、この匂い、そうだったのか! でも、ぼくは負けない。おい、聞いているんだろう! ぼくはひとりでも戦うし、仲間とも戦う。いつか虚偽の帝国は打倒されて、トランプ大統領が世界大統領になるんだ。その日まで、ぼくは戦う……」

受話器を静かに置いて、ぼくは秋のまちを歩きはじめた。この虚妄の世界を、偽りのトカゲ人間たち。立浪監督のやっていることは間違いじゃない。やがてくる、だれもがお米をお腹いっぱい食べられる、そんな真のワールドが……。