こんな記事を読んだ。
「しねきゃぷしょん」風の文字を手書きでマスターしたいという内容だ。最初に筆者の記事とフォントの記事を並べているが、手書きの文字を見ておれは「上手だなー」と思った。元から文字を書くということについて、型があるのだろう。習字の教室に通っていて、硬筆も学んだというから、そのあたりなのだろう。
おれはどうか。
おれの手書きあいうえおは以下のようなものである。
これである。
これが掛け値なしにおれの「普段の字」だ。わざと雑にとか、すごく急いでということもない。「黄金頭フォント」ができたならば、これがベースになる。
ちょっと見てみると欠陥がないわけでもない。「え」と「そ」が同じ文字のように見える。「は」と「ほ」も少し見分けにくいかもしれない。「ぬ」と「ね」が似ているという指摘があるかもしれない。
さて、こんな字でおれはどうやって学校教育を乗り切ってきたのか。もう少しましだった可能性は否めない。
ただ、小論文まである大学受験を乗り切った方法は覚えている。予備校の現代文(現代文は得意だったので偏差値的に行く必要はなかったが、得意な科目の授業受けていい気になりたいじゃないですか)の講師が、「どんなに正解を書いても、字が汚ければ読まれないで答案用紙を捨てられるだけだ」といって、お手本の字を黒板に書いた。「字が汚いやつは、マスいっぱいに直線を使って書け」といった。
いま、思い出して書いてみたが、こんな感じだ。とにかく曲線を避ける。カクカク目いっぱいに書く。これである。これでおれは小論文を含めた大学入試を通過した。慶応の文学部だった。
この受験用文字について、父親から言われたことをいま思い出した。父は元週刊誌記者で、のちに『宝島』の編集長になった。
その父曰く、「それはライターの書き方である」と。当然、父が雑誌に関わっていたころの原稿は手書きだ。自分でも書いたろうし、人の書いたものも見てきたに違いない。予備校の講師の経歴は知らないが、ひょっとしたら「業界的な読める字」というものがあるのかもしれない。
ちなみに、父自身の手書き文字は「おれ並みに」ひどいものだったらしい。母から聞いたところによると、記者時代には印刷屋に「父の文字が読める専用の人」がいたという。
手書き文字は遺伝するのかどうかよくわからない。ただ、おれは生まれてはじめてワープロの「書院」を触ったとき、「自分の字が活字になった!」と大喜びしたものだ。小学校3年生かそのくらいだった。