帰り道、歩きながらストロングゼロをを飲んでいた。ハンカチに包んで、缶から直接。これだけがわたしの日々の楽しみだった。少し酔ってきて、寒くなってきた街も少し明るい。わたしと街を行く人々との間には、薄いヴェールがあるようだ。
一台のママチャリが向こうからゆっくり走ってくる。老人が乗っていて、カゴにはパンパンにつまったスーパーの袋が詰め込まれている。そのせいでライトの光の半分くらいだ。
わたしの横を通り過ぎるとき、カシャン! と音がした。段差で自転車がはねて、なにかが落ちたのだ。わたしはそれを拾い上げた。スーパーの惣菜だった。黒酢かけ肉団子五個入り。三割引きのシールつき。さいわいにも中身がこぼれてはいなかった。
自転車をとめていた老人に近づいて、「これ、落ちましたよ。中身も大丈夫だと思います」といって手渡した。
「おお、すまんね。ちょっと詰め込みすぎたようだ。……ところであんた、飲んでいるのか?」
「いや、まあお恥ずかしい」
「なにもハンカチで隠す必要もないんじゃないかね。堂々と飲みなさい」
「冬は缶も冷たいものでして」
「ふぅん、そういうものなのか。しかし、そんなことでは酒を飲むということの真髄には近づけないものだよ」
「真髄、というものがあるのですか?」
「そうだとも。わしくらいのものになると、飲まずとも真髄を見せることができるものだ」
そういうと、老人はゆっくりと路上に身を横たえ、身体をまっすぐにして伏せた。顔もぴったりと路面にくっついている。「気をつけ」の姿勢をした人間が、そのままうつ伏せになって動かない。
すると、老人の背中の、身体の真ん中のあたりから光をはなつ細い糸が垂直に伸びてきた。糸はどんどん伸びていく。すると、空の上から同じ糸がするすると降りてくる。
5mくらいの位置だろうか、そこで糸の先端と先端がくっついた。一本になった糸は、はるか暗い夜空まで伸びている。
「ここからだよ」
と、うつ伏せになった老人がそのままの姿勢で言った。
また、空の方に目を移すと、光に包まれた女神が糸の端を持って降りてきた。わたしは女神など見たことがなかったが、その豪奢な衣装と美しい顔、なにより彼女を包む黄金の光によって、それが女神だと確信できた。目を少しだけ開き、柔らかな笑顔を浮かべていた。
女神は、刹那、降下をやめると、今度はゆっくりと上昇を始めた。すると、老人の身体も地面に水平を保ったまま上昇していく。
「これが、酒の真髄というものだ。いずれきみもここに到れるだろう」
「どこへ、どこへゆくのですか?」
高く、遠くなりつつある老人に向かって問うた。
「浄土ヶ浜だ」
老人はその一言だけ残してさらに小さくなっていく。やがて女神の光も消え、老人のいた点は一つの星になった。
わたしは片手にストロングゼロ、もう片手に黒酢かけ肉団子のパックを持って、ずったらずったら安アパートに向かって歩きはじめた。