夜、ぼくは近くの公園の外周をウォーキングしていた。歩くのは健康にいい。医者もそう言っている。この季節は少し寒いけれど、歩く人も走る人も少なくていい。
モヒニ・デイのベース・プレイを聴きながら、適度なスピードで歩く。向こうから女性が一人歩いてくる。ウォーキングだろうか。まわりが暗くて、長い髪と白い服がぼんやり見えるだけだ。ぼくは、ぶつからないように少し進路をかえた。
その瞬間だった。女性の顔がものすごい光を放った。ぼくはなにが起こったかわからず、目をふさぎ、腕で顔を覆った。何秒か経って、目を開いた。女性はそこにいた。顔は蛍光灯ていどの光を放っている。
すると、女性は植え込みの方に走り込んでいった。ぼくは思わずそちらに向かった。恐怖心もあったが、なにか知りたい気持ちが大きかった。
植え込みの向こうの空間、そこに土蜘蛛がいた。とびきり大きな土蜘蛛と、少し大きな土蜘蛛、中ぐらいの土蜘蛛、小さな土蜘蛛。
とびきり大きな土蜘蛛が言った。
「よう、頼光、ちょっと相談があるんだが」
「いや、ぼくは頼光ではないですよ、人違いだ」
「まあ、頼光でなくてもいい。話を聞いてはくれんか?」
「そういうことなら」
ぼくは草の上に腰を下ろした。
とびきり大きな土蜘蛛は二本の肢で器用に新聞紙を出してこう切り出した。
「チャンピオンズカップなのだが、どの馬券を買えばいいのか揉めていてな」
ぼくは首をかしげた。
「みなそれぞれに好きな馬券を買えばいいではないですか」
少し大きな土蜘蛛が言った。
「土蜘蛛の決まりで、そういうことはできない。そういうルールってあるものだろうがね」
「じゃあ、なにを揉めているのか教えてください」とぼく。
とびきり大きな土蜘蛛が切り出した。
「わしはレモンポップでいいと思うんだ。能力の絶対値が違う。距離不安もあるというが、押し切れるに違いない」
少し大きな土蜘蛛が口をはさむ。
「いやいや、中京のダートは内枠有利が常識だ。もう引退は決まっているが、このレースを勝ったことのある好枠のテーオーケインズでいいだろうがね」
中ぐらいの土蜘蛛はこう言う。
「いやいや、このコースでの川田将雅の複勝率を知っておるか? 人気もひかえめになろうクラウンプライドこそ狙い目じゃ」
小さな土蜘蛛も負けじと言い張る。
「みな、セラフィックコールの前走を見ておらなんだか? あの脚があれば鎧袖一触、大外ひとまくりよ!」
すかさず中くらいの土蜘蛛が言う。
「いやいや、ヘニーヒューズ産駒はこのコースで……」
「なんの、かえって外枠から腹をくくれるのがデムーロで……」
とびきり大きな土蜘蛛がぼくに向かってささやく。
「こういうあんばいで、困ってしまってな」
ぼくは腕を組んで少し考えた。ぼくの本命はジオグリフかウィルソンテソーロの予定なのだが。
「そうですね、いずれにせよ、どれも頭はないように思えますが」
土蜘蛛たち、はっとぼくの顔を見た。