めくるめく夏の終わりに

めくるめく夏の終わりにおれは安酒片手に裏路地に座り込んでネコを見ていた。座り込んでいるおれをネコは見ていなかった。おれは「シーっ、シーっ」とネコの気を引く必殺の音声を発生させた。おれはカラスに襲われた。カラスの爪は意外に大きくて、かたい。ギンギンだ。安酒をこぼしながら、おれは走りだした。路上にセミの死骸があった。めくるめく夏の終わりに、おれはひとり、裏路地で。

 

めくるめくってなんだ? めくるめく夏ってなんだ? めくるめくとはなんだ? おれはページをたくさんめくるようなものと思っていた。めくる、めくる。つぎつぎにあらわれる。つぎつぎに去っていく。めくるめくめるる。

「めくるめく」の意味や使い方 わかりやすく解説 Weblio辞書

め‐くるめ・く【目×眩く】

読み方:めくるめく

[動カ五(四)]目がくらむ。めまいがする。「—・く心地がする」

目がくらむ、だった。

めくるめく - ウィクショナリー日本語版

[…]お稲は激しい力をいれて、男の体をゆすぶると、目眩めくような情熱にうずかれて、そのまま何もかも忘れてしまいそうになった。(吉川英治「八寒道中」)〔1929年〕

めくるめくような情熱。情熱にうずかれて。お稲、しっかりしろ。男の体をゆすぶるな。激しく力を入れるな。とくに玉はやめろ。お稲。そこはデリケートなんだ。

ラルフに事故だ。真の邸宅所有者は抹殺しろ。うまくやれば、お抱え弁護士から金を巻き上げられる。とにかく前ジョージ卿を返り咲かせて、メアリに圧力をかけられる。そんな考えがめくるめくメイフィールドの心に去来した。(フレッド・M・ホワイト 奥増夫訳「煉獄」)〔2019年〕

メイフィールドもよくない。抹殺するな。うまくやるな。返り咲かせるな。圧力をかけるな。それにおまえはこんなことを言われている。

「めまぐるしく(目眩しく)」の誤読に起因するものか。 

けれど、メイフィールドはめくるめく感じだったに違いない。頭の中のページをめくりまくっているのだ。メイフィールド、しかし、メアリに圧力をかけたところで、お稲はどうするんだ? お稲はめくるめく情熱で何もかも忘れそうになっているぞ。ラルフ→事故。お抱え弁護士→金。前ジョージ卿→返り咲き。メアリ→圧力。お稲→男の体。それでいいのか? 考え直せメイフィールド。めくるめくときに考えたことはよくない結果が待っているんだ、メイフィールド、メイフィールド、五月の野。

 

五月の野にはさわやかな風が吹き抜ける。おれは安酒を片手に裏路地に座り込んでネコを見ていた。ネコはおれを見ていなかった。おれは「チっ、チっ、チっ」とネコの気を引く必殺の音声を出した。おれはお稲に襲われた。おれの体は激しくゆすぶられた。お稲、おれはデリケートなんだ。おれをゆすぶるな。考え直せお稲。ラルフに事故だ。ラルフを事故らせたのもお前なのかお稲。メアリに圧力をかけたのもお前なのかお稲。おれはお稲に体を激しくゆすぶられながら、めくるめく夏の終わりを思った。気象予報士もたしかそう言っていた。