高村薫の頼まれ仕事『空海』を読む

 

空海

空海

  • 作者:高村 薫
  • 発売日: 2015/09/30
  • メディア: 単行本
 

 

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『生死の覚悟』のなかで、高村薫空海について書いた本があることを知った。頼まれ仕事で、そんなに熱心になったわけでもないような空気が伝わってきた。それでも一応、読んでおこうと思った。

個人的には、進行そのものや仏教史から離れすぎた形而上学的な空海理解には一抹の違和感があるが、とまれここに至ってもやはり、哲学者の眼に映る世界的思想家と、民衆の眼に映る伝説的超人の間で大きく分裂しているのが、いかにも空海らしいことである。

おれは仏教というものに興味を持ち始めたときに読んだ本が、松岡正剛の『空海の夢』である。

 

空海の夢

空海の夢

  • 作者:松岡 正剛
  • 発売日: 2005/12/30
  • メディア: 単行本
 

あるいは、このような本をして、「離れすぎた」と言われているのかもしれない(この本は参考文献の中に含まれていなかった)。

まあ、それでもいいんだもんね。『空海の夢』を読んで、仏教というものがいかに宗教じみて「いない」のかわかったような気になったのだし、ある種の思想を展開させた空海という天才に出会えた気になったものでね。

それで、おれは、高野山まで行ったんだ。

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ただ、おれが見てきた高野山は、空海のころの高野山と違うということを知った。

 さてしかし、千二百年前の高野山はどんな姿をしていたのだろうか。

 今日、高野山の奥之院を埋め尽くす杉の巨木を見上げると、私たちは太古の昔に帰ったような懐かしさを覚える。しかし、実は一番古い杉でも樹齢六百年ほどだというから、平安貴族たちが見た奥之院にいまのような幽玄な杉木立の風景はなかったのである。奥之院のあたりはもともと川の流れる湿地であり、もし草はらに五輪塔や供養塔が並んでいたとすれば、この世の浄土の風景も、いまと昔ではずいぶん表情が違っていたことになる。

なんと、そうだったか。泰範が決別の書を持って下った高野山にあの杉木立はなかったのだ。いやはや。

でもって、本書は、空海のきわめてシンプルな伝記的な本である。空海がその情熱と意志、知識をもって唐へ渡ったこと。空海がその思想完成させてしまったがゆえに、論争などを行うことによってその完成を見なかった最澄天台宗に宗派としての発展に遅れをとったこと。そして、「お大師様」としての民間信仰と、一大思想人としての空海に分裂が起きたこと。そのあたりがわかる。

 言い換えれば真言密教は、宗教的行為が僧侶の専有だった千二百年前の古いかたちを留めて今日に至っているということでもあるが、ひとたび空海が言葉にして残したその世界の一端を覗き込んでみたなら、全天の星が鳴り響くようなめくるめく音と光と、かたちなくうごめくもの、飛翔するもの、ゆがむもの、渦をまくものなどの明滅に包み込まれるのかもしれない。空海が「六大無礙にして」と記したその宇宙が、私たちの想像を絶するうつくしさに満ちているという夢想は、毒にはなるまい。

ここで、「毒にはなるまい」というあたりが高村薫のクールさである。すげえなと思う。それゆえにこの頼まれ仕事、ちょっと読んでみていいかもしれない。

 

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