久米宏とニュースステーションの頃

在宅勤務でテレビを流していたら、ニュース速報で「久米宏死去」というのが流れた。最近でもニュースにコメントを寄せていたように思うので少し意外だ。とはいえもう81歳だったか。

 

おれにとって久米宏といえばニュースステーションにほかならない。調べてみると、ニュースステーションがはじまったのは1985年とある。1985年というのはおれにとって重要な年で、「自分が物心ついた年」としている。1985年と1984年では、おれのなかで大違いなのである。とうぜん、といえるかどうかわからないが、我が家ではニュースステーションが当たり前のように流れていた。いつ頃からおれが見始めたのかわからないが、当たり前のようにニュースステーションだった。べつに父や母が久米宏を好きだったかどうかはわからない。

 

それから2004年までずっと……ではないとは思うが、ニュースステーションをずっと見ていたという感じは自分のなかにある。というわけで、「おれのなかのこういう部分が」といえるものではないが、きっと久米宏からなんらかの影響を受けていたに違いない。それはニュースに対するそれぞれの考え方かもしれないし、テレビというメディアに対する見方かもしれない。よくわからないが、あんなに長く見ていたのだから、なにかしらあるだろうと思う。

 

これからたくさんの回顧記事が出てくるだろうし、「あんな問題発言があった」、「あの姿勢はひどかった」とかいうことも出てくるだろうし、もちろん称賛する話も出てくるだろう。昭和ニュースステーション少年だったおれとしては、「長く見ていたな」以外の記憶にちょっとでも触れることができればうれしいと思う。

 

しかしまあ、これでなんとなく「一つの時代が終わった」というのもへんな話かもしれないが、そう思えてしまう。これも自分が中年の半ばを過ぎたせいかもしれない。「一つの時代が終わった」とするならば、ニュースステーションが終わった2004年だろう。そんなのついこないだのこと……でもねえなあ。まったく。

 

追記

ワイドショー(というのだろうか、いまも?)など見ているとさかんに取り上げていた。どこかのキャスターは付箋だらけの久米宏の本を取り出して、いつも読んでいると熱く語っていた。しかし、べつのまだ二十代と思しきキャスターなどはありきたりの短い言葉を語るのみで温度差を感じた。そりゃまあ、世代的にそうだろうな、と思った。

 

あと、カープファンだったのを忘れていた。坊主頭事件な。父はおそらく久米宏に近い年代の早稲田卒のカープファンだったので、アンチ久米宏ではなかったのだろう。というか、アンチであればいっさいテレビに映ることはなかったと思う。