
おれには一つこだわりがあって、外に出るときはきちんとしたズボンを履くってのがそれでさ、きちんとしたズボンってのはちゃんとチャックがあって、ボタンがあって、革のベルトをつけられるのことさ。ズボンだのチャックだのが古いって? 知った話か、おれは1970年代生まれだ。ぎりぎりの1970年代生まれだ。おれたちはまだ昭和を背負って生きている。昭和の子だ。昭和ってプロレスラーいたけど、どこ行ったんだろう。そうさ、おれたちが子供のころには街中を太陽ケアが歩いていて、気がついたらTKO34thを食らってる、そんな危険な時代だった。心のベストテン第一位はいつだって野坂昭如だった。マリリン・モンロー・ノー・リターン。おれたちの昭和は遠くなっちまって、マリリン・モンローも行方知れずだ。それにしても、ランドセルというやつより、あの反射材でビカビカしているリュック・サックのほうが安全じゃないかって、そう思わないかって言いたいんだ。今日、スギ薬局で処方箋薬受け取るの待ってて、無音でテレビのワイドショーが流れていてさ、おれはそう思ったんだ。無音のワイドショーは無音でリュックサックの反射材の性能を垂れ流していた。あれはよく光る。夜は光ったほうがいい。人も、犬も、自転車も。それが安全ってもんだろう。全く安い。安いもんだ。このごろはLEDでなんでも安く光る。令和はとても明るい。昭和のころはハゼノキから作ったろうそくが夜の明かりのすべてだった。そんなこと言ってもいまどきのやつはどうにも信じない。年寄りの言うことを信じなくなっちまった。なにせ信心ってものもない。昭和の時代には神田のニコライ堂が光明なる主の復活大祭で鐘を鳴らしていたら、神田明神から神輿が繰り出してきて神田川で宗教戦争をやっていたんだ。宗教戦争だ。もちろん、太陽ケアは知らん顔さ。そんな時代もあったよね。それでさ、おれはズボンの話をしたいんだ。おれは希少がんで腹に穴を開けた。下腹部痛い、痛んだ。それで、お見舞いにきたマミーに「なんでもいいから柔らかくて緩くてでかいトランクスを買ってきてくれ!」って頼んだんだ。おれのパンツはドンキで買ったぴっちりした柄物ばっかりだったからな。柔らかくて緩くてでかいトランクスには助けられたぜ。それで、このままちゃんとしたズボンじゃやっていけねえってなったんだ。それでおれはAmazonで安売りしていたニューバランスのジャージだかスウェットだかを買ったぜ。おれはゴムでウエストをしめるタイプのズボンは、部屋着だと思っていたから、外に出るのは抵抗あったぜ。でもな、楽なんだな。全部楽だ。おれはアディダスとえーとどっかのやつを買い足した。全部黒だ。悪くない。人工肛門がついたり外れたりして、おれはLARSになった。排便障害だ。切迫便意だ。便意が切迫している。病気の人でなくても切迫することはあるだろう。でも、頻便なんだ。頻便だけど便秘なんだ。なんでもいい、おれはトイレに何度も行く。何度もズボンとパンツを下げる。そのときに、いちいちベルトを外して、ボタンを外して……なんてやってられねえんだよ。わかるか? いずれおまえもわかるようになる。というわけで、今日のおれなんて上はアディダスのジャージ、下もアディダスのジャージ、靴はメレルのスニーカーで、なんかもうだんだん服装が若返りすぎて、立派なゴプニクになっちまった。主治医にも「立派なゴプニクですね」って言われたよ。でも、違うんだ。このアディダスは本物だ。これが偽物じゃないと話は通らない。それがソ連崩壊後ってもんだ。おれたちはベルリン壁を背負って歩いている。ソ連崩壊後を背負って歩いている。それが昭和の子ってもんだ。おれたちを甘く見るなよ。介護の季節はもうすぐそこまできている。