生活の音が聴こえる

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土曜、東京に行ったあと体調が悪い。思うに、東京というのは人間の悪い気のようなものが集まってできたところで、おれのような田舎者がふらふら迷い込むとこういうことになる。日曜は部屋から出なかった。

月曜日はなんとなくぼんやり(いつものことだが)会社に出て、早めに帰った。早めに帰ると石川町駅のまわりは女学生で埋まっていて移動に難儀した。山の上の学校から駅まで直通の動く歩道でも作ったらどうか。帰ったら早めに飯を食って、早めに寝た。9時とか10時だったと思う。

火曜日の朝は最低だった。早く寝たのだから睡眠十分、ということはなく、どうにもこうにも体は重く、眠気は去らない。とくに仕事で急ぐような話もないので(だからおれは食えなくなって首を括ることになるのだが)、二時間遅れるむねをメールして、ふたたび寝る。二時間ほど寝てiPhoneがタイマーを鳴らし、さて起きることにした。おれは頭が少し痛い。

よろよろとべっどから降りて、とりあえず座椅子に座った。体温計をしかけて、なんとはなしにテレビをつけた。すぐに消した。どこか近所から奇妙な音楽が聴こえてきた。ポップであるとかロックであるとかジャズであるとかクラシックであるとかどこぞの民族音楽であるとかさっぱりわからない。老夫婦の怒鳴るような会話の断片が聴こえてきた。耳が遠いのだろう。掃除機の音が聴こえてきた。外は風が強い。

おれはのろのろと立ち上がるとシャワーを浴び、シャワーを浴びたからといってさっぱりすっきりするわけでもなくもたもたと家を出た。いつもは知らない平日の時間が流れていると、おれはなんとはなしに感じた。しかし、いつもアパートの外置き洗濯機の前で洗濯機を待つ男の姿を見かけた。あの男はいつもアパートの外置き洗濯機の前で洗濯機を待っているが、そういう仕事があるのだろうか(あるのだろう)。道は朝より少し混んでいるような気がした。いろいろのところで工事をしているような気がした。歩く人々もいつも見ている人々と違うような気がした。

見知った場所であるのに、外にはいろいろの時間にいろいろの変化がある。おおよそ決まった時間に家を出て、おおよそ決まった時間に家に帰る(夜遅くまで働くほどの仕事がないからおれは金がなくなって首を吊ることになるのだが)から、おれはその変化を知らない。かといって、おれが別の時間の住人になったら、おれは今の時間の住人でなくなる。おれにはおれの生活の時間があって、おれはおれの生活の音を聴く。おれにはおれの時間があって、おれはおれ以外の生活の音を聴かない。

コンビニから出た瞬間、見たこともないような赤い髪をした女性が前を通った。なんのことはない、真っ赤なスカーフした老婆だった。おれは少し頭が痛い。