おれは香りが好きだ。だからいろいろな意味で不相応なオー・デ・コロンを身につけたり、あえて匂いのきつそうな柔軟剤を選んだりする。そして、アジア雑貨屋や100円ショップで売られているインセンス(お香)も好むところだ。
香りはなにかを想起させる。たとえそれが悪臭と呼ばれるものであっても、記憶と根強く結びついている。おれはそれに敏感でありたいと思う。それと同時に、できるだけなにかを想起させるような、よい香りに接していたいとも思う。
一本のインセンスに火をつけて、それがすべて灰になるまでの間は、一曲の音楽を聴いているのと同じことだ。視覚や聴覚に比べて、読書との相性も悪くない。
かようにおれは一箱100円くらいのインセンスを愛する。おれの部屋にはいつも2、3種類のインセンスがある。気分によってどれに火をつけるか考える。その日の気分で着る服を決めるように。
そのインセンスが切れそうになっていたので、補充する。いつもの行動だ。だが、しかし、おれの行動範囲の100円ショップにそれを見つけることができなかったのだ。ダイソーなどはその種類を減らしていたのは薄々気づいていたが、もはや仏壇に供えるお香しか売っていないじゃないか。これはどういうことだ。
おれはドンキに行くことにした。レッツゴードンキ。とはいえ、日の出町のドンキはドン・キホーテ・プロデュースという妙な店になってしまっていた。そして、そこにもあるはずであろうインセンスがないのだった。伊勢佐木町か新山下に行けばあるのかもしれないが……。
おれはこう考えた。
1.円安であの手のインセンスを売ることにメリットがなくなった。
2.買っているのはおれくらいで、みんなインセンスが嫌いだった。
3.みんなインセンスより気持ちがよくなるなにかとてもいいものを吸っている。
いずれにせよ、おれは半ばパニックになった。こうなったら通販しかない。しかし、1箱100円レベルのものに送料は……? というか、安価なもので扱いがあるのか?
はい、あった。プライムで送料無料1,850円。おれは算数ができないが、1箱100円より安いかもしれない。
しかし、だ。
20箱もいるのか?
1箱に20本くらい入っていたとして400本だ。
毎日使うわけじゃない。
使い切るのに何年かかるんだ?
たぶん、おれが死ぬ方が早い。
だったら、おれの葬式に使えばいいじゃないか。
かくして、おれに20種類20箱のインセンスが届いた。アジア雑貨屋でもはじめるのか? という量だ。
そして、強烈な香りだ。火をつけていないのに、香る。置いておくだけでアジア雑貨屋の香りがする。とんでもないものを買ってしまったと思った。おれはおれなりにいろいろの買い物をしてきたが、こんな変な買い物をしたのは初めてだ、という気になった。
いずれにせよ、だ。
おれはこれから、20種類のインセンスから1本を選び火をつける日々がはじまる。やがて、20種類のうちから好みのものとそうでないものが分かれてくるかもしれない。とはいえ、あえて好みでない香りを望む日というものもある。そういう日もある。そういうもんじゃないか、たぶん。
つーか、箱をひとつひとつ鼻に近づけて、すでに「なにこれ、悪い意味できつい」というのがあるのだが、煙にしたらどんなんなるんだろうな……。まあそれも「おまかせ」セットの妙味というものだ。うん。
まあとりあえず積んで遊んでみたりな。……これに火をつけたらアジアン・キャンプファイアか? パイロ、ダメ、ぜったい。