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結局は「人の縁」か……鈴木大介『脳が壊れた』を読む

 

脳が壊れた (新潮新書)

脳が壊れた (新潮新書)

 

いわゆる下流、貧困、アウトローなどをテーマにした著作の多い著者が、脳梗塞になった。脳梗塞になって、高次脳機能障害になった。発症からリハビリ、そして、自らの体験をもとに、ある類推をする。

 不自由なのに、やりたくてもやれないのに、分かってもらえない。それを言葉にすることもできないとき、まず当事者の中に湧き出す感情は苛立ちだ。それで周囲の人に八つ当たりでもしてしまえば、次はそんな自分に対する自己嫌悪が後味悪く残る。

 一方で、これまで僕が取材してきた中で、ここで冷静になってなんとか自分がなぜやれないのかを説明できていた者は、ほぼ皆無だったように思う。

すなわち、脳梗塞を経て、いろいろの見えにくい障害を負ってみて、はじめてそれが自らの取材対象者たちが同じようなものを抱えていたのではないか、と思うのである。どうしてもやぶにらみのようにしか人と話せないもの、役所の書類などを前にするとストンと寝てしまうもの……。かれらも先天的にか、後天的にか、にたような障害を負っていたのではないか。負っていながら、家族から、学校から、社会から見過ごされ、貧困やアウトローに落ちていってしまうのではないか、というのだ。

一人の取材者とその病気、そして彼のやってきた取材対象者。サンプル数としては少ないかもいしれない。少ないかもしれないが、「そういうこともあるかもしれないな」と思わせてくれる、そういう説得力はある。ネット上で、著者が専門家に調べてもらいたいというようなことを言っていたが、たしかにそれは必要なように思える。

 ここで働くリハビリの療法士たちは、極めて優秀な「子どもの発達の支援者」になる可能性を秘めたプロ集団。彼らのスキルは、子ども、そして若い社会的弱者のために大きな効果を発揮するのは間違いがない。だが、現状、その人材がどれほど子どもや若者の支援にその力を発揮できているだろう。

そして、リハビリ療法士などが発達障害のようなものを抱えた子供や若者にとって有効な存在になりうるのに、多くは老年者を対象にしていることを指摘している。

正直なところ、「若い社会的弱者」がどれだけ発達障害のようなものと重なり合っているのか、おれにはよくわからない。よくわからにが、もしも調べてみてそのようなものであったとすれば、やはりこういった提言も考慮されるべきだろう。たとえば、山本譲司の『累犯障害者』などを読むに、刑務所の中知的障害者が世の中の人が考えるより多くいた、などという話もある。

とまあ、『脳が壊れた』は著者の闘病、人生、妻のエピソードと上のような主張で構成されている。しかしまあ、運がよかった、恵まれていたな、というのも正直なところである。脳梗塞になったこと自体が幸運だったというのではなく、そこから立ち直ることができている、という著者の境遇である。そんなふうに読み終えようとしたら、ずばりそういうことが書いてあった。

 だが、今思うのは、もっともっと大きなネットのようなものの上に落ちたという強い「軟着陸感」だ。どれほど幸運が重なっても立派な保険に入っていても潤沢な貯蓄があったとしても、そのネットが欠けていたら、僕にとっての闘病は生き地獄だった。そのネットがなかったら障害の辛さに負けてあっさりと自死の道を選んでいたかもしれない。

 その「ネット」とは、人の縁である。

 何をいきなり安っぽいことを! と思われるかもしれない。

 これである。人の縁こそが「シビアな資産」だというのである。これはおれという読者にとって辛い話である。おれはいろいろなものが欠けた人間であって、あるものを数えたほうが早いくらいだが(だいたいの人間がそうかもしれないが)、とくに人の縁というものを避けて生きてきた。ずたずたに切って、できるだけ少ない人間関係、最小限の人間関係で生きてきた。それだけ他人というものが苦手なのである。

だからおれは、たとえば脳梗塞になっても保険や貯蓄によって……といかないのもおれである。保険? 貯蓄? おれのどこに金がある。野菜が高くて本当に困っている、金のないキモい独身のおっさんがおれである。人の縁もない、金の円もない。せめてどちらかがあれば、というところで、どちらもない。おれが脳梗塞になったところで、部屋でぶっ倒れてだれにも気づかれず、病院に払う金もなく、リハビリに通う金もなく、おそらくはあっさりと自死を選ぶだろう。選ぶだけの機能が自分の体に残っていたらの話だが。

まあいまさら何を言っても遅い。いずれにせよ死ぬ。自分で死ぬ。そう決まっている。おれていどの軽い障害(双極性障害2型)くらいでは、福祉で救ってくれるネットもなければ、プライベートのネットもない。いざというときの金がない、食っていくのでいっぱいだ。まったく、暗い、暗い、暗い……。

 

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