『熊を放つ』ジョン・アーヴィング(訳・村上春樹)

goldhead2004-11-05

「しーっ、グラフ君」とジギーは言った。「連中の夢を見ているんだぜ。みんな檻をのりこえてね、俺たちと同じように自由の身になってるんだ」

 『熊を放つ』を見つけたのは、港南台の古本屋だ。今から競馬に行こうっていうのに、思わず店先に出てる百円の棚をチェックしてしまったんだ。文庫本で上下合わせて二百円。実に定価の八分の一じゃないか。
 そして昨日、僕はめちゃくちゃ体調が悪くなってしまった。競馬場ってのは空気が悪いからな、いつも翌日はノドが痛くなったりする。だから、昨日はろくに仕事もしないで日記ばかり書いて、いつもよりちょっと早めに帰った。自炊も面倒なのでセブンイレブンで弁当を買った。そして、弁当を食べ終わるとすることがなくなった。九時十五分にNHKのニュースが終わると、観たいテレビもなくなってしまった。もう寝ようかと思ってベッドの上を見ると、競馬新聞やレーシングプログラム、マークカードなんかに混じって、輪ゴムでとめられた二冊の文庫本が目に入ってきた。その時まで全く忘れていた文庫本だ。
 ちょっと手に取ったのが運の尽きだった。上巻を読んでいるあいだ、氷水を一杯飲んだ。氷を食べると少し冷えたので、窓を閉めてハロゲンヒーターを入れた。一回トイレに行った。携帯電話にメールが入る。「昨日、競馬してる間ずっとパンツが裏表だったのが悪かったかな?」と返信した。上巻を読み終わり、もう一度トイレに行く。時計を見ると十一時少し前。下巻は上巻より少しだけ薄い。二時には読み終わる算段だ。ちゃぶ台の前のただ一つのスペースにあぐらをかく。
 下巻を読む間、ただ一度の給水もしなかったし、トイレにも行かなかった。ただ、二回ほどキシリトール・ガムを噛んだ。ハロゲンヒーターはつけたり消したりした。明日は休もうか、と思いながらページをめくり続ける。ついに読み終わった。時計を見ると二時を少し回っていた。普段どおり七時半に起きて、会社に行けるだろう。
 朝になった。ちゃんと寝たような気もするが、枕元の携帯電話は鳴らない。携帯電話のアラームが鳴らないということは、まだ七時半じゃないってことだ。僕は五分か、十分か、三十分かわからない執行猶予に身を任せた。また目が覚める。さすがにおかしい。携帯電話を開き、時刻を見る。八時五十八分。寝坊だ。
 なぜ携帯電話が鳴らなかったのか。その謎解きは簡単だった。水曜日が休日だったからだ。僕は携帯のアラーム音を「月・水・金」と「火・木」で別の曲に設定してあるのだ。「ゴミの日は早く起きる」という目的があったと思うが、今では曲が違うだけだ。そして、火曜日の夜に「月・水・金」を停止にして、戻すのを忘れていたというわけ。このミスは前も犯したことがあるけれど、ちゃんと目の方が覚めてくれた。ただ、今朝はとても疲れていたし、ちょっと起きるのは無理だったのだ。
 僕は「体調が悪いので遅れる」というメールを出して、会社からくすねた栄養ドリンクを一本飲んで、いつもと同じようにシャワーを浴び、会社に来た。会社に来て、こうして『熊を放つ』の感想文を書いている。うまく感想文が書けないのは、日本の国語教育に何かしら問題があるからだと思う。