昨日、下りの京浜東北線における急病人の件について

 電車は新杉田を出たあたりであった。「キャッ」という女性の声が車内に響いた。しかし、痴漢よりも驚くべき事態になっていた。三十代くらいのサラリーマンが、鞄を両手に持った姿勢のまま倒れていたのだ。顔面は血の気がなく、目を閉じてピクリとも動かない。急病人の発生である。一時騷然となったが、すぐに周りの人たちが、「大丈夫ですか!」と声をかけつづけたり、着ていたコートを脱いで被せたりする。すると、スーッと倒れた男の手が上がり、生きていることが分かった。そして、うわごとのように「大丈夫ですから、大丈夫ですから」などと細々とつぶやく。依然、顔は蒼白のままだ。どう見ても大丈夫じゃない。電車はようやく洋光台へ着いた。乗客の幾人かが走っていき、駅員に「病人でーす!」と伝えようとする。「こういう時は下手に動かしてはいけないんだよ」と誰かが言い、急病人は車両の床に寝かされて助けを待つ。はじめ、駅員に気づいて貰えなかったのか、「ドアが閉まりまーす」とアナウンスが流れたが、事情が伝わったようで、電車は洋光台に止まり続けた。結局、担架やって来て男を運び去り、電車の運行が再開されるまで、二十分近く掛かった。
 ……というのが今朝、私が上司から聞いた話だ。私も同じ車両に乗っていたものの、山手で下車していたのである。よく、駅のアナウンスで「お客さまに急病人がおられたため〜」と一言で片づけられるが、なかなかどうして現場では一騒動というわけだ。
 ところで、もしもその車両に乗っていたのが、一人の急病人と全ての私だったらどうなったと思いますか。映画『麻雀放浪記』のように、ごろごろと病人を洋光台駅のホームに転がして終わりだったはずである。私は冷たいと言われる現代人の温かさに、一筋の光明を見た思いである。