『Switch Complete.1986〜1987』Nav Katze

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 ナーヴ・カッツェがどこの誰のバンドでどこで誰を相手に活動してきたのか、ミュージシャンとしてどういうところに位置づけられているのか、僕はさっぱり知らなかった。僕が持っていたのは中学生の頃に買ったアルバム『うわのそら』一枚だけ。しかし、それでずっと長いこと「自分の中で三本の指に入るかも知れないくらい好きなミュージシャン」の位置にあった。そんなバンドだ。
 その後、ミニアルバムの『OUT』を中古CD屋で見つけ、また長いことナーヴ・カッツェを見つけられない日々が続いた。しかし先日、ふと思ったのだ。「Amazonがあるじゃん」と。今まで何枚かAmazonで買い物をしてきたし、その在庫の種類の量だって知っている。なのに、ナーヴ・カッツェを探してみよう、とは気がつかなかった。初めて入るCD屋や古本屋で探す癖はついていたけれど、不思議とAmazonで探そうという発想がなかった。そして、ついに新たなCDを買うことになった。
 買ったのは、最初期のものという。以前あるサイトで、「初期のテクノっぽくないころの方がよかった」という書き込みを見たことがあったのだ。それに、レビューにある「このページを開くくらいの人だったら絶対に買い!!」。これは上手いところを突く、一種の殺し文句だ。まあ、バンドの歴史を辿る上でも、最初から聴いていくのがいいじゃないか、とか、インディーズのレーベルだから在庫なくなったらどうしよう、というのもあった(結果、見てみたら残り二点になってた。買うなら今しかありません、お客さん!)。
 さて、ギター・ベース・ドラムのシンプルなサウンドの本作。最初に通して聴いた感想は「あれ、どこかで聴いたことがあるような感じ」。で、デイト・オブ・バースや遊佐未森を思い浮かべるも、やっぱり違う。やはりこれはナーヴ・カッツェのテイスト? ……うまく言えないけれど、僕はこういう曲が、音楽が好きだ。ちょっと聴いただけで、にわかに判断しかねるような曲が。そう、それに時代性を感じさせない曲。これを聴いてもほとんど古さは感じられなかった。いや、聴く人が聴けば別なのだろうけど。
 このアルバムでは、ボーカルの印象が知っていた二作とはちょっと違った。透明感と伸びやかな部分は一緒だけれど、どこか声に少女のあどけなさがある。歌詞のテイストは似ている部分があるけれど、どこかカチッと来ていないところもあった。そこらへんはそこらへんで味かなと思った。
 一曲目「御七夜の夢」の出だしの音ではじめ「ナーヴ・カッツェ?」と思ったけれど、そう思ったのはアルバム通してここだけ。<恋する大人達〜>と歌う感じは少女の雰囲気。アルバムの二曲目は一番重要な打順、というのが僕の持論だけど、二曲目「夕なぎ」も期待に応える曲。そして続く三曲目「ゆりかご」。<運んでゆくゆりかご>のフレーズの部分が一番頭に残る。四曲目「入浴」は、文字通り入浴を歌っている。少しユーモラスで、他の曲とはちょっと違う雰囲気もあって面白い。うってかわって五曲目「愛し合う夜」はちょっと恐ろしいイメージの曲。女性がセックスのときに<無数の子供達 うみおとされるはずの天使>のことを考えるのだとしたら。ナーヴ・カッツェが歌う愛は時に偏執的で皮肉的だ。六曲目「水のまねき」は力強い曲で、七曲目「銀の羽の戦士」は何かファンタジーアニメの主題歌のような感じ。八曲目「螺旋階段」はアコースティック・ギターに乗せてゆっくりと螺旋の中に消え入るような雰囲気。九曲目「赤い真夏」は熱くもあり冷たくもある情愛の曲だろうか。テンポは変わって十曲目「闇と遊ばないで」。<闇と遊んじゃダメと/ママは言った>から始まる。イノセントと成長やそういった曲だろうか。<銀の翼>のモチーフが再び現れる。ここからは本来は別アルバムということになるのか、十一曲目「黒い瞳」。「銀の羽の戦士」と似たようなイメージの曲。十二曲目「病んでるオレンジ」は流れるようなリズムが心地よい。十三曲目「駆け落ち」は、<オフィス街>などの言葉が出てきて、ちょっと現実的な曲。最後の十四曲目「パヴィリオン」は作詞がサエキけんぞう。といっても名前しか知らない。このタイトルは好きだな。
 ……音楽についての感想を書くのが苦手だ。まず、用語がわからない。こことここの部分の間にはいる音、とか、そんなのがピタッと言える言葉を知らない。いっそのこと、全曲挙げていったらどうかと思ってやってみたが、最後の方は息切れして大変だ。やはり音楽を言葉に置き換えてどうこうしようというのが誤りだ。誰か歌う、俺聴く。それでいいじゃないか。いやはや。